2016年9月一生悪を 作るとも 弘誓に値いて 救わるる

8月今月の法語は、「正信偈」にある「一生造悪生造悪値弘誓 至安養界証妙果」〔一生悪を造れども、弘誓に値ひぬれば、安養界に至りて妙果を証せしむといへり。〕
(『註釈版聖典』二〇六頁)のおこころを詠われたものです。これは、七高僧の第四
祖であります道緯禅師(五六二~六四五)の教えを称えられたご文の一部です。現
代語訳をいただきますと、

「たとえ生涯悪をつくり続けても、阿弥陀仏の本願を信じれば、浄土に往生しこの上ないさとりを開く」と述べられた。  (『教行信証(現代語版)』一四九頁)

とありますので、そのおこころを味わわれたものであります。
禅師は、十四歳の時出家されて『涅槃経』の研究に没頭されました。しかし。
救いの道を求めて三十歳の頃、意を決して慧?禅師の門に入り、学解仏教から実践
仏教へと転じられました。その後十数年間坐禅と戒律の実践に励まれたのですが、
内心一抹の不安を抱かれたのでしょう。当時仏教徒の間に広まっていた末法思想と
相まって、ある日、曇鸞大師の遺跡を訪ねて玄中寺に詣で、そこに建てられた碑
文を見て心機一転、浄土教に帰せられたということです。時に四十八歳の時であり
ます。それを契機として玄中寺に留まり、八十四歳で亡くなられるまで三十六年
間、自ら念仏者となり、広く有縁の人々を教化されました。

 

末法の自覚

さて、禅師の教えの特徴は、釈尊の教えにもとづく仏教を分類整理し、聖道門
と浄土門とに分けて、聖道門の証し難きこと、浄土門の入り易きことを述べ、人々
に浄土往生の道を勧められたことです。聖道門というのは、この世で自力の修行に
よって仏になる聖者の道で、浄土門とは、阿弥陀仏の本願によって浄土に往生して
仏になる道をいいます。親鸞聖人も『高僧和讃』において、

本師道緯禅師は
  聖道万行さしおきて
  唯有浄土一門を
通入すべきみちととく (『註釈版聖典』五八八頁)

と詠われているのが、このことです。ただ、禅師がただ単に頭の中で考え、概念的

に考え出されたものではなく、血の出るような求道の体験から生み出された教えで
あることに留意したいと思います。それは、我が身の問題に関して、また如何とも
しがたい時代の中で、もはや救いようのない煩悩具足の自分を発見されたからに違
いありません。とりわけ、禅師ほど時代ということを問題とされた方はおられな
かったのではないでしょうか。

 

仏教の時代観に、正法・像法・末法の三時説があることをご承知だと思います。
正法とは、教えがあって(教)それを正しく実践する人かおり(行)、それによっ
てさとりを得ることができる(証)、という時代です。像法とは、教えがありそれ
を実践(行)する人がいても、さとり(証)を得るものがいなくなった時代で、次
の末法とは、かろうじて教えのみあって、それを行じる人もいなければ、当然さと
りを得るものもいないという時代のことです。禅師が誕生されたのは、すでに末法
に入ってから十一年目となっておりましたし、それと呼応するかのように廃仏・天
災等が相次ぎ、絶望的な時代に自らの生死の問題解決を求めていかれたのでしょ
う。だからこそ『安楽集』に、

「わが末法の時のうちに、億々の衆生、行を起し道を修すれども、いまだ一人
として得るものあらず」と。当今は末法にして、現にこれ五濁悪世なり。ただ
浄土の一門のみありて、通人すべき路なり。(『註釈版聖典(七祖篇)』二四一頁)

と末法の今の時代において、教えが機(ひと)と時(時代)とに相応するのは、浄
土教よりほかにはないということを述べられたのであります。だからこそ『安楽
集』には、先のご文の後に

このゆゑに『大経』にのたまはく、「もし衆生ありて、たとひ一生悪を造れ
ども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずは
正覚を取らじ」 (『註釈版聖典(七祖篇)』二四一頁)

と末法の今の時代において、教えが機(ひと)と時(時代)とに相応するのは、浄
土教よりほかにはないということを述べられたのであります。だからこそ『安楽
集』には、先のご文の後に、

このゆゑに『大経』にのたまはく、「もし衆生ありて、たとひ一生悪を造れ
ども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずは
正覚を取らじ」 (『註釈版聖典(七祖篇)』二四一頁)

と示されたのでした。つまり、もともとある『無量寿経』(『大経』)の第十八願と、
『観無量寿経』の「下品下生」の文とを合わせられて、ご本願の意を道緯禅師が述
べられたのです。このご文によって、親鸞聖人は「一生造悪値弘誓 至安養界証妙

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