2016年4月 陸地のあゆみ難けれど 船路のたびの 易きかな 法語カレンダー解説

hougo201604わたしのものの見方

 

お釈迦さまは、まことの道理を説かれました。そういわれてもなかなかピンときませんが、「ものごとのありのまま」と表現できるようなありよう、ありさまのことで、それが文章として伝わっているのが仏教のお経です。しかし、お経にはものごとのありのままが説かれていますが、それを読み、その内容を聞くわたしたちは、自分の立場を離れてものごとをありのままに見ることがたいへん難しいのです。

 

幼児が母親にたずねます。「どうしてかあちゃんは、ばあちゃんのことを『おかあさん』と言うの?」母親は、幼児の祖母からいえば嫁です。夫からすれば妻です。職場の小学校では児童から先生と呼ばれています。でも、子どもにとってみれば、いつもそばにいてくれる大好きなかあちゃんは、かあちゃんでしかないのです。ばあちゃんが「おかあさん」と呼ばれているのを耳にすると、ちょっとさびしく複雑な気持ちにもなるのです。母、妻、嫁、先生などのことぼは、どれもその人を指し示している一面だけです。本当にその人物を、あるいはものごとを過不足なくとらえ言いあらわすことなど、わたしたちにはできないのかもしれません。

 

いま、お経に説かれているありのままとは、すべてのものごとは互いにかかわりあいながら、変化しながら存在しているということです。学生だった「わたし」が就職して社員になり、結婚して親になり、孫に恵まれ祖父となって退職しても、すべて「わたし」です。そのような「わたし」はつづまるところ、生・老・病・死の変化を避けることはできないと説かれています。しかし、そのことに眼をそむけて生きていくのではなく、その生・老・病・死を真正面から引きうけ、しかも越えていく道が、すでに「わたし」に開かれていることが、経典には説かれています。

 

お経に説かれる教えは、時代や場所の違いを貫くものです。ですが、教えを聞き受けるわたしたちは大きな影響を受けています。気候風土、思想、生活習慣、言語など、時代や国が違えば大きく変わってきます。さらにいえば、同じ家に暮らす家族であっても心の中はそれぞれ全く違うのです。そのような、さまざまな違いがあるわたしたちに、まことの道理を時代や場所に応じて、少しでも多くの人に教えが届くように説いてくださった方々が、高僧と称されているのでしょう。ですから、高僧方は本当の意味でお経が読める方々であり、わたしたちはほとんどお釈迦さまと同じようなお方として仰がせていただくのです。

 

 

つねなみはなれたお方

 

お経には、「ご本願は菩薩が五劫という長い時間をかけ、考え抜かれてできあがった」「ここより西方に、極楽という阿弥陀仏の世界がある」と説かれています。

 

それを「五劫とは何年?」「浄土、それは西に何キロ行けばいいの?」と考えるのは、この世の人間の考え方を当てはめているだけで、まことの道理、お経の内容からどんどん離れていくこととなります。さらに、時間・空間に生きるわたしたちがお経の言葉をどんどん錆びつかせています。現代の日本であれば、つぎのような例があります。「仏」は死体のことを指し、「浄土」をこの世の快楽の延長と考える。ものごとに難渋することが「往生」であり、努力放棄の他人任せが「他力本願」など、お経の言葉をわれわれが手垢まみれにして、まことの道理を貶めているのかもしれません。高僧とはそのようなあり方を誠め、その時代その場所で、仏教を本来の真理の高みに引き戻されたお方々ともいえるでしょう。

 

いま、高僧のなかでも親鸞聖人が仰いでいかれた、インド・中国・日本の三国にわたる七人の高僧がおられます。「正信掲」では後半の依釈段に、

 

印度西天之論家(いんどさいてんしろんげ)
中夏日域之高僧(ちゅうかじちいきしこうそう)
顕大聖興世正意(けんだいしょうこうせしょうい)
明如来本誓応機(みょうにょらいほんぜいおうき)

 

印度西天の論家、中夏(中国)・日域(日本)の高僧、大聖(釈尊)興世の正意を顕し、如来の本誓、機に応ぜることを明かす

(『註釈版聖典』二〇四頁)

 

と説かれています。お念仏を勧めた高僧はこれまで多く出られましたが、「正信偈」に讃えられている七祖は、「阿弥陀

さまよりたまわる本願の念仏」を説かれた高僧でした。特に『仏説無量寿経』(『大経』)には、

 

如来無蓋(むがい)の大悲をもって三界を衿哀(こうあい)したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡(こうせん)して、群萌(ぐんもう)を拯(すく)ひ恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。

(『註釈版聖典』 一三六頁)

 

とのお言葉があります。お釈迦さまがこの世にお出ましになった本意は、阿弥陀仏の本願を説き、いのちあるすべてのものを救うことにあったと説かれています。そしてインド・中国・日本の七高僧は、そのお釈迦さまの本意を、それぞれの時代や場所で明らかにし、伝えてくださいました。

 

先の「正信偈」の文に「機に応ぜる」とありましたが、「応」という字は、本来は「應」です。應の上の部分は「广(おおい)十人十隹(とり)」から成り、人が胸に鳥を受け止めた様子だといわれます。それに「心」を加え、心でしっかりと受け止めるなどの意になります。『大経』に説かれる本願念仏の教えこそ、今日のこのわかしにぴったりと合致しており、受けとることができる唯一の救いの道なのです。

 

 

あらゆる仏教の祖

 

真宗七高僧の第一祖は龍樹菩薩です。お釈迦さまがお隠れになって約七百年後、南インドに出たお方です。伝記によれば、青年時代は目に余る放埓ぶりでしたが、むしろそのような日々のなかに、仏法に真実を求める縁がおとずれ、今日の大乗仏教でいわれる空の思想を大成されました。空といわれると捉えどころがないように感じられて難しいですが、聖人の和讃に、

 

南天竺(なんてんじく)に比丘(びく)あらん
龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)となづくべし
有無の邪見を破すべしと
世尊(せそん)はかねてときたまふ

(『註釈版聖典』五七八頁)

 

と詠まれていることが手がかりとなります。

 

「有無の邪見」とは有見と無見という二つのかたよった見方です。有見はすべてのものが実体的に「有る」と考え、それに執着する見方です。無見は有見の反対で、なにも「無い」、すべては虚無とするニヒリズムです。それらはともに正しくない邪な見方であり、そのような邪見を離れた、本来のあるがままという意味で空というとらえ方を示されました。現代では一般的に、「死後、地獄に堕ちる」という恐怖はどんどん薄らいでいるでしょう。しかしそれで死の問題が解決したのかといえば、むしろ逆に思えてくるのです。つまり、「死んだらそれでおしまい。いまを楽しく生きましょう」などとわかったように言いながら、「おしまい」、何もなくなる、という得体の知れなさに恐怖しているのではないでしょうか。

 

ですから龍樹菩薩は、わたしたちが有無の邪見におちいることに対して、空の理をもって、本来のまことの道理に引き戻してくださったのです。この点を聖人は和讃で、

 

本師龍樹菩薩は
大乗無上の法をとき
歓喜地を証してぞ
ひとへに念仏すすめける

(『註釈版聖典』五八七頁)

 

と讃えておられます。

 

大乗仏教の重要な思想である空を明らかにしたお方ですから、龍樹菩薩は浄土真宗の七高僧に数えられるだけではなく、古くから「八宗の祖師」として讃え称されています。奈良東大寺の凝然という学僧が著した書に『八宗綱要』があります。

 

仏教各宗派の教義を網羅した概論書ですが、そこには「問う、その八宗とは云何。答う、八宗というは一に倶舎宗、二に成実宗、三に律宗、四に法相宗、五に三論宗、六に天台宗、七に華厳宗、八に真言宗なり」と述べられていますので、ここに挙げられている具体的な八宗派が祖師として仰いでいるという意味合いでしょう。

 

また、仏教では数字の八について、ものごとが欠けることなくそろっている、という意味の満数ととらえることもありますので、全仏教の祖師という意味あいかもしれません。ともかく、仏教各宗が認める祖師であり、空思想の大成者が先はどの和讃では「ひとへに念仏」を勧めたと示されています。その理由はどこにあったのでしょうか。

 

 

二つの道ゆき

 

今月のことばは、「正信偈」の龍樹菩薩を讃えられた一連のご文のなかで、

 

顕示難行陸路苦(けんじなんぎょうろくろく)
信楽易行水道楽(しんぎょういぎょうしいどうらく)

 

難行の陸路、苦しきことを顕示して、易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。

(『註釈版聖典』二〇四頁)

 

というところが元になっています。ここでは、仏道の道行きを乗りものに擬えてお示しくださいました。やや話は変わりますが、『十六夜日記』などの史料によれば、親鸞聖人の時代、関東から京都までかかる日数は、おおよそ二、三週間だったと考えられます。また『歎異抄』第二条には、関東のご門弟が聖人に会うために上洛された場面が「おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまふ」(『註釈版聖典』八三二頁)と訳されています。悪天候などによって、思い通りに歩みを進められない日々もあるでしょうし、その間に旅人の体調が崩れることも珍しくなかったでしょう。それだけに陸路を自ら歩んで行くことは難事であり、決して気を緩めることはできなかったはずです。しかし、同じ道ゆきであっても乗り物に乗せられるのであれば大きく状況は変わり、旅人の心持ちも楽しく安心なものとなります。いわば、この乗せられる安心が陸路の難行に対する、船路の易行のお心です。

 

わたしたちは、物事は難しいほうがレベルが高くて、値打ちがあるもののように考えてしまいます。仏教他宗派の命がけの修行にくらべて、浄土真宗の易行のお念仏は、いかにも見劣りするかもしれません。しかし、つぎのように考え直すことはできないでしょうか。現在、携帯電話の画面上で指をすべらせると、インターネットを通じてたちどころにあらゆる情報が表示されます。一昔前は考えられなかった魔法のようなことが、いまでは子どもからお年寄りまで多くの方が、当然のように利用しています。これは技術の進歩によって、多くの人々に使える仕組みがととのったからです。けっして、昔より指の動かし方が上手になったから、あるいは皆が高度な情報技術を習得したから利用できるようになったのではありません。

 

お念仏は、あらゆる人々に成り立つ易行の仏道として完成し、ひらかれてあったのです。凡夫という仏教的に劣った者を漏らさない、すぐれた救えがととのっているのです。ですから陸路を歩むに対して水路の乗船は、乗せられるものの能力が問われない、ほんとうに安心できる道ゆきだったのです。

 

龍樹菩薩がひろく説き示した教えは、あなたもわたしもともどもに、本願念仏に乗せられて往く仏道だったのです。

(高田未明)

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