転悪成善の益

本願力(ほんがんりき)にあひぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳(くどく)の宝海(ほうかい)みちみちて
煩悩(ぼんのう)の濁水(にょくすい)へだてなし              (『註釈版聖典』五八〇頁)

浄土真宗の葬儀では、導師の方が「正信掲」のお勤めが終わった後に、和讃を二
首あげられます。その一首目がこの和讃です。これは『高僧和讃』のなかの「天親
讃」、天親菩薩を讃えられた和讃の一首です。「本願力にあひぬれば」の「あひぬれば」
は、漢字で書けば「遇」という字になります。親鸞聖人はこれを、

  「遇(ぐ)」はまうあふといふ。まうあふと申すは、本願力を信ずるなり。

(『一念多念文意』、『註釈版聖典』六九一頁)

と解釈されるように、本願力を信ずる身になれば、ということです。続いて、その
結果を「むなしくすぐるひとぞなき」と述べられるように、人生を虚しく過ごす人
がいなくなると示されます。そして、阿弥陀さまの功徳の海水に私たちの煩悩の濁
った水が溶け込めば、海水と濁った水の区別がなくなり、一つ昧になると讐えられ
ます。
この信心の利益については、「正信偶」にも、

能発一念喜愛心(のうほついちねんきあいしん) 不断煩悩得涅槃(ふだんぼんのうとくねはん)
几聖逆膀斉回入(ぼんじょうぎゃくほうさいえにゅう) 如衆水入海一味(にょしゅしいにゅうかいいちみ)  (『日常勤行聖典』一二頁)
(よく一念喜愛(いちねんきあい)の心(しん)を発(ほっ)すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。
几聖(ぽんしょう)・逆膀斉(ぎゃくほうひと)しく回入(えにゅう)すれば、衆水海(しゅすいうみ)
に天(い)りて一味(いちみ)なるがごとし。『註釈版聖典』二〇三頁)

と示され、川の水が海に流れ込めば、真水が真水のまま海水に溶け込んで一つ味と
なっていく。煩悩の水がなくなることなく、煩悩の水のまま功徳の海水に変えられ
ていく、そういう言い方がされています

また、『教行信証』信文類に、

  金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超え、かならず現生に十種の益を獲。なにものか十とする。一つには冥衆護持の益、二つには至徳具足の益三つには転悪成善の益、四つには諸仏護念の益、五つには諸仏称讃の益、六つには心光常護の益、七つには心多歓喜の益、八つには知恩報徳の益、九つには常行大悲の益、十には正定聚に入る益なり。

(『註釈版聖典』二五一頁)

と述べて、信心の利益を具体的に十種あげておられますが、そのなかの三番目に「転
悪成善の益」という利益があります。「転悪成善」、悪を転じて善に成したまう、悪が
転じられるというのは、悪が消滅することなく悪のまま善に変えられていくという
ことで、これが一つ味になるということです。では具体的には一体、それはどうい
う利益でしょうか。

 つまづいたおかげで

書家・詩人である相田みつをさんの作品の一つに、「つまづいたおかげで」とい
う詩があります。失敗や苦難のつまづきに遭えば、他人を憎み、ただ悲嘆の日々に
明け暮れしがちですが、この詩には、むしろそのような障りが見事に逆転されてい
ます。

つまづいたおかげで

っまづいたり ころんだり したおかげで
物事を深く考えるようになりました

あやまちや失敗をくり返しかおかげで
少しずつだが
人のやることを 暖かい眼で
見られるようになりました

何回も追い詰められたおかげで
人間としての 自分の弱さと だらしなさを
いやというほど知りました

だまされたり 裏切られたり したおかげで
馬鹿正直で 親切な人間の暖かさも知りました
そして……
身近な人の死に逢うたびに
大のいのちのほかなさと
いま ここに
生きていることの尊さを
骨身にしみて味わいました

大のいのちの尊さを
骨身にしみて 味わったおかげで
大のいのちを ほんとうに大切にする
ほんものの人間に裸で逢うことができました

一人の ほんものの人間に
めぐり逢えたおかげで
それが 縁となり
次々に 沢山のよい人たちに
めぐり逢うことができました

だから わたしの まわりにいる人たちは
みんな よい人ばかりなんです
(『にんげんだもの』七四丿七五頁、文化出版局)

私たちは、罪業とか、それによって生じる苦悩の障りに右往左往しながら、この
人生を歩んでいます。しかしよく考えてみますと、罪業や障りという実体が本当に
あるのかといえば、そうではありません。同じ境遇をある人は幸福と感じ、ある人
は不幸と感じることもあります。それは、幸・不幸が客観的に固定したものとして
存在するのではなく、それを感じる私たちの心に原因があることを物語っています。
したがって一つの理想像を描いて、その理想どおりになっていくことが必ずしも幸
福に結びつくとは限りません。また逆に、苦悩の状態に変化はなくても、それを悲
観する心がいつまでも一定して止まないということもないはずです。罪業も障りも、
これが罪業であるとか障りであるというような実体があるのではなく、そう思う心
に問題があります。

  罪業もとよりかたちなし
妄想顛倒のなせるなり
心性もとよりきよけれど
この世はまことのひとぞなき    (『正像末和讃』、『註釈版聖典』六一九頁)

罪業があると思っているのは、私の虚妄の分別からおこる錯覚であって、その本
性は仏と同じように清らかな心であるにもかかわらず、煩悩からおこるはからいの
ために惑わされているのです。あると思っていた罪業や障りが実は虚妄の錯覚であ
ったと、その間違いに気づかされていくとき、罪業が罪業でなくなり障りが障りで
なくなって、相田みつをさんの詩のように、すべてが「おかけで」と受け止められ
ていきます。それが悪がおのずと善に転じられていく利益です。

難有りを下から読めば有り難い

福岡に、武内洞達という有名な布教使の先生がおられました。以前、その先生を
中心とした布教使の方々の「法水会」という研修会に、ご縁をいただいたことがあ
ります。そのとき、先生に初めてお目に掛かり、いろいろとお話しましたが、たい
へん有り難い方でありました。先生のお寺では、「光輪」という寺報を定期的に発行
されていました。ご門徒にとどまらず、県内、また県外の多くの方に愛読されてい
た寺報です。そこには、先生の法味豊かな言葉が数多く掲載されています。例えば、

  病気を治す工夫(医術)も大切であるが、又、病気の治らぬ時の工夫(生死出
すべき道)も大切である

とか、

  病気の治ることだけがご利益ではない。病気も無駄にしない精神力を得ること
こそ真の現世利益である

病気をしてみて、知らされる世界がある。生命の尊さと、周囲の親切さと善意。
病気も健康も包みています如来の慈悲も知られる

などです。
その武内先生のお話にいつも耳を傾けていかれたのが、薬局を経営しておられた
篠崎九蔵という方です。あるとき、武内先生が九蔵氏に、「あなたの長生きの秘訣
は何ですか」と問われたことがあったといいます。そうすると、「それは薬を飲ま
ないことです」と応えられたという、ユーモアたっぷりのエピソードを聞かせても
らいました。その九蔵氏がお念仏の教えを聴聞してこられたなかで詠まれた、すば
らしい詩があります。

  難有りを、下から読めば有り難い

苦難を何度も味わうことと有り難いと思えることは、決して別々のものではない。
お念仏の教えに生かされる人にとって、苦難が苦難に終始しないで、有り難いと受
け止められる心が芽生えていくことを、この詩が教えてくれています。

人生を過ごしていく上で、私たちは何度も思いどおりにならないことに出会い、
苦しい目に遭わなければならないことから避けられません。そうしたとき、愚痴・
不平を言いながら寂しく人生を終えていくのではなく、何事も「お陰さま≒有り難
い」と受け止めていく心ができあがったならば、これほど頼もしく充実したものは
ありません。十二月のことばの「むなしく生死にとどまることなし」(『註釈版聖典』
六九一頁)とは、そのような人生を指し不した言葉であるといえましょう。
(白川 晴顕)

あとがき

親鸞聖人ご誕生八百年・立教開宗七百五十年のご法要を迎えた一九七三(昭和
四十八)年に、真宗教団連合の伝道活動の一つとして「法語カレンダー」は誕生
しました。門信徒の方々が浄土真宗のご法義を喜び、お念仏を申す日々を送って
いただく縁となるようにという願いのもとに、ご住職方をけじめ各寺院のみなさ
まに頒布普及にご尽力をいただいたおかけで、現在では国内で発行されるカレン
ダーの代表的な位置を占めるようになりました。その結果、門信徒の方々の生活
の糧となる「こころのカレンダー」として、ご愛用いただいております。
それとともに、法語カレンダーの法語のこころを詳しく知りたい、法語につい
て深く味わう手引き書が欲しいという、ご要望をたくさんお寄せいただきました。
本願寺出版社ではそのご要望にお応えして、一九八〇(昭和五十五)年版から、
このカレンダーの法語法話集『月々のことば』を刊行し、年々ご好評をいただい
ております。今回で第四十集をかぞえることになりました。

二〇一九(平成三十二年の「法語カレンダー」では、親鸞聖人がご執筆なさ
れたお聖教のご文が選ばれました。本書では、このご文についての法話や解説を
四人の方に分担執筆していただきました。繰り返し読んでいただき、み教えを味
わっていただく法味愛楽の書としてお届けいたします。
本書をご縁として、カレンダーの法語を味わい、ご家族や周りの方々にお念仏
のよろこびを伝える機縁としていただければ幸いです。また、各種研修会などの
テキストとしても幅広くご活用ください。

二〇一八(平成三十)年八月
本願寺出版社

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