2015年3月 死んで往ける道はそのまま生きてゆく道です 法語カレンダー解説

201503自然科学に進み

 

東昇(ひがしのぼる)先生(一九一二~一九八七)は、日本のウイルス研究の第一人者であり、京都大学ウイルス研究所所長をされていました。また日本の電子顕微鏡第一号を完成されるなど、多くの業績をあげられた名高い自然科学の碩学(せきがく)ですが、「ただ念仏」の生活を送られていた篤信の先生でもありました。

 

鹿児島県に生まれ、篤い浄土真宗信徒であるご両親のもと、とりわけ母上のあたたかくも厳しい求道と聴聞のこころを受けられたのでした。科学の道に進むときも、母上から「東京でなく、親鸞聖人のみ教えが生きている京都で学ぶようにしなさい」とさとされて、京都で学生生活に入られたとお聞きしています。

 

 

死に対面して

 

東先生は、科学と宗教について仏教の視点から論じられる貴重な先生ですが、六十歳代に入られて間もないころに心臓に関わる大病を患われ、生・死のさかいをさまようほどの体験をされました。その時のことを、「老い”の宣告」を受け「死に対面した」と言われています。そのような中で語られたおことばが、今月の法語です。

 

死んで往ける道は そのまま 生きてゆく道です

 

日ごろ私たちは、とりあえず元気でいるときは「老い」とか、「死」とかを遠い未来のこととしてあまり問題にしないで日常を楽しんで生活しているというのが、一般的な姿でしょう。風邪などでちょっと熱が出たり咳き込んだりすると、「死ぬんじゃないか」などと思うこともありますが、熱が引き咳が止まると風邪を引いたことなど忘れてしまいます。束先生は、大病を患って初めて、“死”に対面して、“私”の生きてきた生の総和は何であったか、“私”の生の総決算は、いったい何か、ということを“私”に問う。ということとなったといわれます。

 

 

癌告知を受けて

 

活躍中の俳優などが癌の告知を受けて、

 

がむしゃらに仕事に打ち込んできたが、仕事とは私にとって何だったか。今まで何をしてきたのだろうか、生きるということは何なんだろう、私のいのちとは何か。

 

というように、初めて自分の存在、自分の命を真剣に深く見つめることとなった、などと内的葛藤を語られる記事が、新聞やテレビで報道されることがしばしばあります。そのような記事によって、あるいは身近な者の大病や離別に出会って初めて、私たちは自身の生きるべき姿を見つめさせられるのです。

 

これは、釈尊が出家して悟り(正覚)を求められるに至った根本問題が「生・老・病・死」という、生きとし生けるものの根本問題であったということと重なってきます。釈尊は、この迷いの世界の「無常」なる姿をそのとおりに見つめられ、苦悩の世界を超克する道を究められました。自己中心的な我執、我愛に支配された私たちは、釈尊の歩まれた道をそのとおりには歩むことができないのですが、人生の姿をしっかり見つめることは大事なことといえるでしょう。

 

 

「人生」への問い

 

『拝読浄土真宗のみ教え』(本願寺出版社)に挙げられる「親鸞聖人のことば」の第一章で次のように語られます。

 

人生そのものの問い

 

日々の暮らしのなかで、人間関係に疲れた時、自分や家族が大きな病気になった時、身近な方が亡くなった時、「人生そのものの問い」が起こる。「いったい何のために生きているのか」「死んだらどうなるのか」。

 

この問いには、人間の知識は答えを示せず、積み上げてきた経験も役には立たない。
(『拝読浄土真宗のみ教え』六頁、本願寺出版社)

 

このように、「生・死」の問題、人生の根本問題にぶつかった時の姿が述べられています。同じように、東昇先生は大病を患ってこの人生の根本問題にまともにぶつかることとなられたのでした。そして、次のように言われます。

 

私は自然科学者でありますが、科学者である前に、ひとりの人間であります。自然科学をとおしていろいろのことが教えられましたけれども、私自身の厳粛な死との絶対的対面となったとき、人間の力で得たものは、みんな消えていく、何ひとつ力になりません。価値ありとされたものは無価値、無力化します。力となるものは絶対他力、与えられた「ただ念仏」だけです。

 

『拝読浄土真宗のみ教え』の続きに、

 

目の前に人生の深い闇が口を開け、不安のなかでたじろぐ時、阿弥陀如来の願いが聞こえてくる。

 

親鸞聖人は仰せになる

 

弥陀の誓願は無明長夜のおほきなるともしびなり
「必ずあなたを救いとる」という如来の本願は、煩悩の闇に惑う人生の大いなる灯火となる。この灯火をたよりとする時、「何のために生きているのか」「死んだらどうなるのか」、この問いに確かな答えが与えられる。

(『拝読浄土真宗のみ教え』七頁、本願寺出版社)

 

とあります。人間は「死にゆく存在」であります。また仏教では「生者必滅」といわれます。この「私」が必ず滅していく、かならず死んで行く、そういう存在であることをしっかりと見つめる、阿弥陀如来の智慧と慈悲をいただいて見つめさせていただく、そこに本当の生き方の道が開かれるといえるでしょう。

 

東昇先生は、そのような意味合いを込めて、「死んで往ける道は そのまま 生きてゆく道です」といわれているとうかがうことができるでしょう。

 

 

『歎異抄』に導かれ

 

先生は「『歎異抄』を、これまで幾度となく拝誦させていただいたが、病床にあってとりわけ『歎異抄』第九章が迫力をもって私を捉えました」と言われます。

 

第九章のおことばから、

 

久遠劫(くおんごう)よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生れざる安養浄土はこひしからず候ふこと、まことによくよく煩悩の興盛に候ふにこそ。なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまゐるべきなり。いそぎまゐりたきこころなきものを、ことにあはれみたまふなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。

(『註釈版聖典』八三七頁)

 

果てしなく遠い昔からこれまで生れ変り死に変りし続けてきた、苦悩に満ちたこの迷いの世界は捨てがたく、まだ生れたことのない安らかなさとりの世界に心ひかれないのは、まことに煩悩が盛んだからなのです。どれほど名残惜しいと思っても、この世の縁が尽き、どうすることもできないで命を終えるとき、浄土に往生させていただくのです。はやく往生したいという心のないわかしどものようなものを、阿弥陀仏はことのほかあわれに思ってくださるのです。
このようなわけであるからこそ、大いなる慈悲の心でおこされた本願はますますたのもしく、往生は間違いないと思います。

(『歎異抄(現代語版)』 一五~一六頁)

 

そして、このおことばの前に、

 

仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願はかくのごとし、われらがためなりけりとしられて、いよいよだのもしくおぼゆるなり。

(『註釈版聖典』八三六~八三七頁)

 

阿弥陀仏ははじめから知っておられて、あらゆる煩悩を身にそなえた凡夫であると仰せになっているのですから、本願はこのようなわたしどものために、大いなる慈悲の心をおこされたのだなあと気づかされ、ますますたのもしく思われるのです。

(『歎異抄(現代語版)』 一五頁)

 

とあるご文をいただかれて、「聖人のあたたかいお心、ともに泣いてくださっているおこころがそのまま”私”に伝わってまいります」と言われます。ここに、「死ぬ」ということがあっても怖れない、がっかりしない。「私」はここに生かされているという道が見いだされています。生きてよし、死してよし、「生きるも死ぬるも南無阿弥陀仏」の世界です。

 

「死に向かって行く」身であることをしっかりと見つめ、大慈悲の光明に照らされてこそ、本当に生きてゆく道が開かれる、まさに「死んで往ける道は そのまま生きてゆく道」なのです。

(佐々木恵精)

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