善人と悪人
今月の法語である、
極重悪人唯称仏(ごくじゅうあくにんゆいしょうぶつ)
(『日常勤行聖典』三二頁)(極重の悪人はただ仏(ぶつ)を称すべし 『註釈版聖典』二〇七頁)
という「正信偈」のご文は、『往生要集』の、
極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念(しょうねん)して、極楽に生ずることを得
(『註釈版聖典(七祖篇)』一〇九八頁)
がもとです。法語は、「とても仏になれない私をお救いくださる阿弥陀さまを信知し、お念仏を大事にして、お浄土に向かう人生を生きていきましょう」という、親鸞聖人の思し召しです。このお心をたずねてみましょう。
ここでは、浄土真宗でいう悪人の意味を正しく理解することが必須です。『歎異抄』に、善人は〈自力作善(じりきさぜん)のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたる〉(『註釈版聖典』八三三頁)人であると示し、悪人は〈他力をたのみたてまつ〉(『同』八三四貢)人で、〈煩悩具足(ぼんのうぐそく)の凡夫〉(『同』八五三頁)の私であると、善人と悪人を定義されます。これが浄土真宗の悪人と善人の使い分けです。ご法義からいう悪人は、世間でいう悪人とはまったく意味がちがっていることを知っていないと、たいへんな誤解が生じます。これは、『歎異抄』第九条の、
しかるに仏(ぶつ)かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願はかくのごとし、われらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。
(『註釈版聖典』八三六~八三七頁)
というご文からわかるように、阿弥陀さまの仰せをいただくと、浄土真宗で自らを悪人という理由がうなずけます。曇鸞大師が『往生論註』で、
火は木より出でて、火、木を離るることを得ず。木を離れざるをもつてのゆゑにすなはちよく木を焼く。木、火のために焼かれて、木すなはち火となるがごとし。
(『註釈版聖典(七祖篇)』八二頁)
といっておられますが、この木と火の関係が阿弥陀仏と私の関係です。大悲の招喚を信じた時、すでにお慈悲が煩悩の心にみちてきて、生きる喜びがわいてきます。
これを、親鸞聖人は『高僧和讃』に、
五濁悪世(ごじょくあくせ)の衆生(しゅじょう)の
選択本願(せんじゃくほんがん)信ずれば
不可称不可説不可思議の
功徳は行者の身にみてり(『註釈版聖典』五九九頁)
真実を見極めることの難しい世の中で、何が正しくて何が正しくないかを判断することは、難しいことです。五濁悪世の時代に生きている衆生が、阿弥陀さまのご本願を信じて生きるようになれば、その人の人生は変わってきます。その人は、語り尽くすことのできない不可思議な功徳に満たされるようになってくるのです。
とお示しです。私を見透かされた阿弥陀さまは、
大悲は苦あるひとにおいてす、心ひとへに常没(じょうもつ)の衆生を愍念(みんねん)したまふ。ここをもつて勧めて浄土に帰せしむ。
(『観経疏』「玄義分」『註釈版聖典(七祖篇)』三一二頁)
と、いつも救いの手を私にはたらきかけてくださっています。
このことで思いだすのが、ある布教先での出来事です。「最後の財産と思っていた健康もむなしいと知りました。さいわいに浄土真宗の家に生まれた私は、お念仏のご縁がありました。〈いのちの行方〉を知ったおかげで、病気の今でも、しあわせな時間を感じています。いつ死んでもおかげさまです」と言いきっておられた、お同行の言葉とお顔が忘れられません。
『教行信証』「信文類」には「回施(えせ)したまへり」(『註釈版聖典』二三一、二三五、二四一頁)という表現がありますが、この言い回しのなかに浄土真宗の真髄が表されています。如来の真実心が私に回施され、如来のお徳がわがものとなってくるのです。後に一〇一頁で触れますように、不可思議の功徳が私にそなわることを「即是其行(そくぜごぎょう)」といいます。このことを、
利他の真心(しんしん)を彰(あらわ)す。ゆゑに疑蓋(ぎがい)雑(まじ)はることなし。
(『教行信証』「信文類」『註釈版聖典』二三一~二三二頁)
と示されています。お名号のおいわれをまったく疑わない浄土真宗の信仰のすがたは、『歎異抄』第十六条にあるように、阿弥陀さまをほれぼれと仰ぐ生き方しかありません。このことを稲垣瑞剣先生が、
あれごらん 親に抱かれて 寝る赤児
落ちる落ちぬの 心配はなし(大乗刊行会編『珠玉のことば』一三二頁)
と詠っています。母を疑うことを知らぬ赤児は、母に抱かれるままで安穏と生きておれます。母に抱かれてすやすやと眠っている赤児の姿は、阿弥陀さまの摂取不捨のはたらきのなかで生きている念仏者の姿です。
大悲のまなざし
善導大師の「二河白道の譬」には、
なんぢ一心正念にしてただちに来(きた)れ。われよくなんぢを護らん。
(『観経疏』「散善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四六七頁)
とありますが、これを親鸞聖人は『愚禿鈔(ぐとくしょう)』に、
「能」の言(ごん)は、不堪(ふかん)に対するなり、疑心の人なり。「護」の言は、阿弥陀仏果成(あみだぶつかじょう)の正意(しょうい)を顕(あらわ)すなり、また摂取不捨(せっしゅふしゃ)を形(あらわ)すの貌(かおばせ)なり、すなはちこれ現生護念(げんしょうごねん)なり。
(『註釈版聖典』五三九頁)
と注釈しておられます。「能」(よく)は、凡夫の煩悩にさまたげられず衆生を救うことができる本願力という意味です。ご本願を疑う人は救いを拒んでいるのだから、その人は救われないと知らしめるために「不堪」といっておられます。次の「護」(護らん)の註釈がありがたいですね。阿弥陀さまの仕事は、煩悩だらけの私をお浄土に導き仏にしてくださることです。念仏者はいつも摂取の光明にいだきとられているのですから、「護」を「阿弥陀仏果成の正意を顕すなり」といわれているのです。
島地黙雷(もくらい)和上が築地別院に駐在していた時のことです。一人の僧から揮毫(きごう)をたのまれました。和上は気楽にその場で、「二河白道の譬」にでてくる「汝一心正念直来我能護(汝)」(なんぢ一心正念にしてただちに来れ。われよく(なんぢを)護らん『観経疏』「散善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四六七頁)の文を、さらさらと書いて渡しました。
その僧は喜びながら読むと、「我能護汝」とあるはずの最後の「汝」の一文字が書かれていないことに気づきました。そこで、おそるおそると「和上さま。申しかねますが、ここの汝の一文字がぬけているのですが」と言いました。それを聞いた和上はうれしそうに、「ようよう気がつかれましたのう。そこは文字がぬけているのじゃあないぞ。あなたがそこに入るように空けているのじゃあ。善導大師が申されている汝は文字じゃない。この生身の私のことであり、あなたのことじゃあぞ」と言われたそうです。浄土真宗の神髄が伝わってくるありがたいエピソードです。
このことを、『観無量寿経』の「真身観(しんしんかん)」には、
一々(いちいち)の光明(こうみょう)は、あまねく十方世界(じっぽうせかい)を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。(中略)無縁の慈(じ)をもつてもろもろの衆生を摂したまふ。
(『註釈版聖典』一〇二頁)
と説いています。
源信和尚は、『観無量寿経』の「念仏衆生摂取不捨」(念仏の衆生を摂取して捨てたまはず 『註釈版聖典』一〇二頁)の経文を、
われまたかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼(まなこ)を障(さ)へて、見たてまつることあたはずといへども、大悲(だいひ)倦(う)むことなくして、つねにわが身を照らしたまふ。
(『往生要集』『註釈版聖典(七祖篇)』九五六~九五八頁)
といっておられます。これは、「私は、お念仏を喜ぶ身になった。念仏者は阿弥陀さまの光明に摂めとられて捨てられないとあるので、この私もお救いの光明のなかに摂めとられているはずだ。煩悩だらけの生活をしている私は、阿弥陀さまに救われていると感じたり、見たり知ったりすることができない。ちっとも阿弥陀さまに気づかないが、阿弥陀さまはこんな私をきらわないで、いつも私を照らし護っていてくださっている」というお領解(りょうげ)です。いくら仏さまがましますと聞かされても、私はその仏さまを見ることができません。こんな私を知ろしめて、阿弥陀さまは私をお救いくださっているのです。私は煩悩があるから、阿弥陀さまを見ることができません。しかし、み仏の大悲のまなざしのなかで安心して生きられる、お念仏の世界があったのです。
摂取不捨のはたらき
『浄土和讃』に、
十方微塵世界(じっぽうみじんせかい)の
念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば
阿弥陀となづけたてまつる(『註釈版聖典』五七一頁)
あらゆる世界で念仏を称えている人びとを、漏れることなくご存知の阿弥陀さまです。その人びとを光明で摂め取ってお護りくださる阿弥陀さまです。このような仏さまだから、阿弥陀さまとお呼びしているのです。
とあります。親鸞聖人は「摂取」の文字の左側に、
摂(おさ)めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへとるなり。
摂はをさめとる、取は迎へとる(『註釈版聖典』五七一~五七二頁)
と、逃げてばかりいる私を追いかけてつかまえている阿弥陀さまだと、ご左訓(さくん)を施しておられます。この阿弥陀さまの摂取不捨のはたらきこそ、善導大師以来の浄土の祖師たちが注意されてきているところです。
善導大師に「三縁釈」がありますが、これがまたありがたい解釈です。三縁は親縁(しんえん)・近縁(ごんえん)・増上縁(ぞうじょうえん)ですが、ここでは親縁だけを申します。
衆生行(しゅじょうぎょう)を起(おこ)して口につねに仏を称すれば、仏すなはちこれを聞きたまふ。身につねに仏を礼敬(らいきょう)すれば、仏すなはちこれを見たまふ。心(しん)につねに仏を念ずれば、仏すなはちこれを知りたまふ。衆生仏(しゅじょうぶつ)を憶念(おくねん)すれば、仏もまた衆生を憶念したまふ。
(『観経疏』「定善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四三六頁)
というのが、親縁です。阿弥陀さまは、私の称名・礼敬・意念を、いつも聞・見・知されているというのです。さらに私が阿弥陀さまを憶念すれば、阿弥陀さまも私を憶念されているといっておられます。いや、私が阿弥陀さまを憶念するよりも、はるか昔から阿弥陀さまは私を憶念してくださっているのです。「安心決定鈔(あんじんけつじょうしょう)」第九条に、
このうれしさを礼拝恭敬(らいはいくぎょう)するゆゑに、仏の正覚(しょうがく)と衆生の行とが一体にしてはなれぬなり。
(『註釈版聖典』一三九六頁)
とあるのが、このことです。阿弥陀さまを拝んでいる私と、私を拝んでくださる阿弥陀さまがひとつになっているすがたが、お念仏なのです。ありがたいですね。
かつて、比叡山で救いの道を求めて苦しみ悩んでおられた法然聖人は、経論をむさぼり読んでおられました。そしてやっと辿りつき、魂がふるえた救いの言葉は、
一心にもつぱら弥陀(みだ)の名号(みょうごう)を念じて、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に時節(じせつ)の久近(くごん)を問はず念々に捨てざるは、これを正定(しょうじょう)の業(ごう)と名づく、かの仏の願に順ずるがゆゑなり。
(『観経疏』「散善義」『註釈版聖典(七祖篇)』四六三頁)
という善導大師の「称名正定業」の釈文でした。この釈文は、法然聖人が念仏の教えに近づく機縁となり、のちに法然聖人が親鸞聖人をお念仏の教えに導かれた言葉です。
雑行(ぞうぎょう)をすてて正行(しょうぎょう)に帰して、正行のなかの称名を専修しなければなりません。仏道には多くの行がありますが、私が信受すべき道は正定業の称名念仏の一行だけだと判定されたのは、善導大師です。親鸞聖人は「六字釈」で、
「必得往生(ひっとくおうじょう)」といふは、不退の位(くらい)に至ることを獲(う)ることを彰(あらわ)すなり。『経』(大経・下)には「即得(そくとく)」といへり、釈(易行品 一五)には「必定(ひつじょう)」といへり。
(『教行信証』「行文類」『註釈版聖典』一七〇頁)
と説かれます。信心を得た人は煩悩があっても「等同弥勒(とうどうみろく)」であるといい、その身は正定聚の位に定まるとおっしゃっています。これが浄土真宗の現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)です。
信益同時
そして、浄土真宗がわかるとても大切な「即」の字を解釈して、「『即』の言は願力を聞くによりて報土(ほうど)の真因決定(しんいんけつじょう)する時剋(じこく)の極促(ごくそく)を光闡(こうせん)するなり」(『教行信証』「行文類」『註釈版聖典』一七〇頁)といわれています。ご本願が聞こえて疑いがはれたその時が、煩悩具足の凡夫でも必ず往生浄土する身に定まった時なのです。これを昔から「信益同時(しんやくどうじ)」といっています。
『教行信証』「行文類」に、阿弥陀さまを「極大慈悲母(ごくだいじひも)」(『同』一八四頁)といわれていますが、この極大慈悲母の心と私との関係がありがたくてしかたありません。母である阿弥陀さまにいだかれて生きるのに、私には何の心配もあろうはずがありません。阿弥陀さまのやるせない心が伝わってきて、「ただ仏を称すべし」のお言葉がありがたく、心にひびいてくるだけです。
(鎌田宗雲)