2007(平成19)年9月1日 山口新聞朝刊掲載

20070901

みすゞゆかりの欄間

京都で本格的修復へ

―細江の光明寺 傷み激しく―

細江町の光明寺(泉哲朗住職)の欄間が二日、京都へ修理に出される。本格的な修理は初めてという。

 

欄間には唐獅子とボタンの花が描かれており、本堂に七枚飾られている。横はいずれも約180センチで、縦約110センチが四枚、約90センチが二枚、約60センチが一枚。欄間の上にはそれぞれ寄木造りの天人が見守るように置かれている。

 

天人を見た長門市出身の童謡詩人、金子みすゞは「ひとり日暮れの草山で夕やけをみてゐれば、いつか参った寺のなか暗い欄間の彩雲に、笛を吹いてた天人の、やさしい眉をおもひ出す―」と詠んだという。

 

欄間は同寺が1732(享保17)年に建て替わった際に付けられたとされる。寄木造りで、金箔(きんぱく)がはがれたり、木が折れて落ちたりして傷みが激しかったことから、京都の仏具店に修復に出すことになった。

 

泉住職によると、何度か補修したとみられるが、大掛かりな修理は初めてという。修復を終えて同寺に戻ってくるのは来春になりそう。

 

同寺は1863(文久3)年に幕末の萩藩士久坂玄瑞ら50人が集まり、奇兵隊の前身「光明寺党」を結成した場所として知られている。

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