十一月のことばは、内藤知康師(一九四五一二〇二二年)のお言葉です。師は、大阪府生まれ。龍谷大学名誉教授、本願寺派勧学、福井県三方上中郡若狭町覚成寺のご住職を務められ、二〇二二年二月二十八日に事故によりご往生されました。
現代において本願寺派が誇る研究者であられた内藤師は、その代表的な業績・功績の一つとして、本願寺派の聖典編纂事業があげられます。つまり、我々がいま目にしているお聖教は、私の手に届くまで、親鸞聖人をはじめ多くの念仏者の方々の命がけが込められていますが、内藤師もそのお一人ということです。詳しく知りたいと思われる方は、一昨年発刊の「季刊せいてんNe139(二〇二二年夏号)』で、内藤師をしのぶ特集が組まれています。
この中には、内藤師と有縁の方々が師のお人柄とご功績をしのびつつ、尊敬と感謝の念を綴っておられます。当書の冒頭で編集者の方も紹介されていますが、その内容は、内藤師が一流の研究者であり、すぐれた教育者・伝道者でもあるという側面を、さまざまなエピソードをご紹介いただきながら拝見することができます。ぜひ皆さまもご一読いただければと思います。
ところで、この特集号の表題には「真宗を学ぶ姿勢」とあります。私が、この特集を読み終え、この表題を見返した時にあるエピソードが思い出されました。私もわずかながら、内藤師にご教授いただいた一人です。数えるほどのご縁しかなかった私でも、脳裏に焼き付くいくつかの内藤師とのエピソードがあります。それだけの影響力をもった偉大な方であったのだと今更ながら頭が下がる思いですが、そのうちの一つが、「真宗を学ぶ姿勢」についての学びをいただいたことです。
その日私は、内藤師並びにお二人の研究者の先生とご一緒するご縁がありました。
その時、どういった話の流れだったかまでは覚えていないのですが、内藤師が師弟関係ということについて熱くお話を始められました。その中で師が、「弟子にはお聖教を開く大切さを伝えることが最も重要なこと。読むか読まないかは本人次第。ただ、その大切さを知らないというのは師に責任がある」とおっしゃった言葉が、今でも脳裏に焼き付いています。
この言葉が象徴するように、何よりご自身が、何事もお聖教に常に立ち返るという念仏者の姿勢を人生一貫して体現され、多くの門弟に、いや門弟を超えた私にまでお伝えいただいたことが師の大きなご功績であるといただいています。
さて、その内藤師が示された今月のことばは、「どうなんだろう?親鸞聖人の教えQ&A』(本願寺出版社)に掲載されたものです。その中で、内藤師が、
聞法すれば念仏はいらない?
念仏は呪文のように感じられ、称えることに抵抗があります。お参りして聴聞していれば、称えなくてもよいのではないでしょうか。
という問いに対してお答えになられたところにあります。
当書では、最初に「呪文」とは何かを語られ、「声に出すことによって何らかの効果が期待できるもの」と定義づけられます。これは、お念仏することを呪文と同じとするならば、いわゆる、自力の念仏になるということをおっしゃっているのです。
私が内藤師より直接ご指導いただいたとき、師は自力の意味について次のように教えてくださいました。
「浄土真宗でいう自力とは、努力したことを役立出たせようとすることを自力といいます。努力することを言っているのではありません。その努力を何かに役立たせようとすることが自力です」
すなわち、内藤師は最初に、お念仏を呪文と同じとすることは、浄土真宗の他力のお念仏ではないと示されているのです
さらに内藤師はその後に、お念仏とは口に出して称えることが確かに基本であるが、私が声に出して称えること(努力)が阿弥陀さまの救いの条件(役立つもの)とするならば、口に出して称えることのできない者は救いから滑れ、全てのものを救うとされる阿弥陀さまの教えと矛盾するということを指摘されます。その上で宗祖親鷺聖人の著書である「尊号真像銘文」に親鸞聖人が尊敬される七高僧のお一人、中国・善導大師の「下至十声」という言葉を解釈しておられるところを引かれます。
「下至十声」といふは、名字をとなへられんこと下十声せんものとなり。「下至」といふは、1声にあまれるものも脱名のものをも、往生にもらさずきらはぬことをあらはししめすとなり。(『註釈版聖典』六五七頁)
ここで「十声にあまれるものも聞名のものをも、往生にもらさずきらはぬことをあらはししめすとなり」と、十回以上お念仏した者も、聞くだけの者も、救いからもれることはない、という親鸞聖人のお示しを出されて、自力の念仏(呪文のようなもの)では全ての者は救われないが、親鸞聖人のいただかれた他力のお念仏は全ての者が救われることを明示されます。
そして後半に、他力のお念仏とは何かということを示されていきます。そこでは、他力のお念仏には二つの側面があるとご教示されます。その一つ目が今回の言葉である「仏(阿弥陀仏)の救いのはたらきが私の声となったお念仏」であるということ。二つ目は阿弥陀仏が私を救うためにはたらいておられることをお聴聞したところで生まれてくる感謝や喜び、その感謝のおもい、喜びのおもいを声に出したのがお念仏であるという二つの側面です。
ではここでおっしゃる、「救いのはたらきが声となる」とはどのようなことなのでしょうか。私事ですが、現在七歳の長女と四歳の長男の二人の子どもがおります。
この二人は、いつも「おとうさん、おとうさん」と私のことをよんでくれます。よんでくれることは、もちろんうれしい、かわいいと思うのですが、時に鬱陶しいと思うこともあります。
例えば、私はスポーツ観戦が好きなのですが、テレビで夢中になって観戦している時に、たびたび「おとうさん!おとうさん!」とよびかけてきます。「何?どうした?」と問いかけると、七歳の娘は「見て見て」と変な踊り(状況によってはかわいい踊りと思う)を満面の笑みで見せてきます。下の息子の場合は、一生懸命何かを訴えてくるのですが「ガォーと言って、かっこいいけど怖いでしょ?」等、内容の九割ぐらいはわけがわからない(これも状況によってはかわいいと思う)ことを言ってきます。
ある日、楽しみにしていたテレビでのスポーツ観戦中に、子ども達から幾度となくよばれて、ほぼテレビを見られなかったことがありました。その直後、子ども達に対して鬱陶しい気持ちを持つなか、ふと一人になって考えたのです。「子ども達は何故私のことをあんなに「おとうさん!おとうさん!』と繰り返しよぶのだろうか?」そのことを突き詰めて考えてみると、本当に単純で当たり前の答えがありました。それは「私が子ども達と共にいまここにいる」ということです。私が親として存在していること。そして子ども達が私の子どもとして存在してくれていること、そこに「おとうさん」と呼んでくれるすがたが成り立っています。私は、子ども達から大切なことを学ばせてもらいました。
「南無阿弥陀仏」とは阿弥陀さまのお名前です。そのお名前が私の声となったのがお念仏です。つまり私の口から声となってお念仏が出てくるということは、阿弥陀さまが私と一緒にいらっしゃるという証明であります。そして大切なのが、阿弥陀さまは、いついかなる時であっても、私のように鬱陶しい等とは思わない方であるということです。それは自分(阿弥陀さま)よりもあなたが大事という立ち位置で常にいらっしゃるからであります。私は我が子を見る時、かわいい、鬱陶しいと自分の都合で立ち位置が変わります。自分の都合が大事なのです。阿弥陀さまのそのようなおすがたは、『仏説無量寿経」第十八願文 (本願文)をみれば明らかであります。
たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽してわが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。(『註釈版聖典』十八頁)
わたしが心になるとき、すべての心が心からじて、わたしの囲に生れたいと願い、わずか十回でも念仏して、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません。ただし、五逆の罪をしたり、仏の教えを謗るものだけは除かれます。(『浄土三部経(現代語訳版)』二九頁)
つまり、私が必ずあなたを救う仏であるということを疑いなくじてお念仏する
(あなたの声となり、あなたと共にいる)ことがないならば、私は仏とはならない。ということは、あなたのために仏と成りますということです。すなわち、私がお念仏しているすがたは、必ず救うとはたらいてくださる阿弥陀さまと私が共にある証明なのです。そして、あなたが大事とご一緒してくださる阿弥陀さまのことを聞かせていただくのがお聴聞であります。
(藤川 頭彰)