2024年12月のことば 貴方の感じられている虚しさこそ 真実の世界への強烈な憧れなのです

十二月のことばは、米沢英雄師(一九〇九ー一九九一年)の言葉です。米沢師は、開業医のかたわら浄土真宗の伝道者として多くの方から支持された方です。一九八九年に第二十三回仏教伝道文化賞を受賞しておられます。多数の著作があり、全国各地での法話・講演などで、多くの方々に影響を与えられました

私が、この執筆をきっかけとして抱いた米沢師の印象は、まさしく「伝道者」です。なぜなら、社会を深く凝視することによってあらわれてくる人間の苦悩に寄り添う姿勢をもって、親鸞聖人のみ教えを深く学び、それを依りどころとして人生の方向性を明らかにされた方であると感じたからです。

「それぞれの人生においてどこに向かって歩んでいくことが大切なのか?人間が人間らしく生きる方向性とは何なのか?」

これが米沢師において重要な問いなのだと思います。そのことをみ教えに問うていかれた方と受けとらせていただきました。

さて、今回のことばは、一九六七年九月発刊の雑誌「同朋」(真宗大谷派宗務所出版部)に掲載されたもので、当誌で三回にわたって組まれた特集「若い世代」の最終回に、「若き友へ」という講題で、米沢師が語られた文章からです。この内容を見ながら今回の言葉の意味について味わっていこうと思います。

まずこの文章は日常に苦悩を抱えた一人の青年が、米沢師に相談したことがきっかけになっています。その青年は、一流企業に入って三年が経ち、日常が空虚に感じる日々を過ごしていることを米沢師に訴えています。すなわち自分のいまの日常に生きる意味を見出せない辛さです。これは誰しもが感じる苦悩でありましょう。

そして歳を重ねるにつれ「人生はそういうものだ」と自分に言い聞かせ、胸の内にしまい込んで我慢しています。我慢するが故に歳を重ねた時、この青年のように思い悩む若者を見れば「経験すれば贅沢な悩みとわかる」「そういうものだ」といいたくなる類いのものともいえます。つまりこの悩みは、エネルギーに溢れた若い時ほど表に出やすく、年齢を重ねるほどに表には出にくくなる特徴をもっていますが、年齢問わず多くの人が共通して抱えている苦悩です。加えていえば、昨日・今日・明日の違いが見いだせず、日々同じことの繰り返しに感じ、生きる意味を見失うことです。いま私が説明しました「誰しもが抱える苦悩」であることを、米沢氏は青年に対し簡潔に語りかけられます。そして何故青年のような悩みが起こるのか、その原因について自分の考えを述べていかれます。

ここで一旦、米沢師の文章全体に見る特徴について触れさせていただきます。この文章を読み終えた時に私が感じたことは「法話」であるということです。このことは、米沢師の他の著作等でも窺えるもので、最初に私の印象が「まさしく伝道者」と申した理由でもあります。なぜ法話と感じたのか。それは提示こそされていませんが、この文章にはご讃題が見受けられるからです。我々僧侶は、ご法話をさせていただく際、最初にご讃題をいただきます。ご護題とは、話のテーマ(主題)をお経や親鸞聖人の御言葉から一部引いて具体的に示すものです。ご法話のご縁を「お取り次ぎ」とも言いますが、自分の考えを述べるお話ではなく、み教えから自分のいただいたところを取り次ぐという意味があるからです。今回の文章には、先に申した通り冒頭に示されてはいませんが、ご讃題があることがわかります。そのご讃題は「恩徳讃」です。

如来大悲の恩徳は

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

ほねをくだきても謝すべし

(『正像末和讃』『註釈版聖典」六一〇頁)

つまり米沢師は、青年の悩みについて自分が答えるというのではなく、「親鸞聖人の御言葉を通してその問題を一緒に考えていきましょう」という立場をとっておられます。「あなたの悩みの解決は、恩徳讃に示されていますよ」ということです。

さてここからは、恩徳を手掛かりとして米沢師のお心を読み解いていきます。

話を元に戻しましょう。米沢師が、青年の悩みが起こる原因について語られるところからです。その原因は一言でいうと「人生一貫して命がけになれるものがないことだ」との指摘です。その意味を社会状況に照らしながら丁寧にお話しされています。視点を「恩徳讃」にすれば、「身を粉にしても」「骨を砕きても」と親鸞聖人が命がけで出遇われたものが何なのかを見ていきましょうという前段であります。恩徳讃で窺える親鸞聖人のように、「あなたが人生一貫して命がけになれるものとであうことが、その虚しさ・生きづらさを超えていく道です」と論されているのでしょう。

さらにここで注視することとして、米沢師はおそらく相談者である青年の悩みを、若き日の親鸞聖人の悩みと重ね合わせておられることが想像できます。聖人の青年期は、比叡山において命がけの仏道修行を続けられたにもかかわらず、聖人ご自身にあらわれたものは、仏さまと自分のかけ離れた相であり、命がけになるものを見失われた迷いのお姿でした。相談者の青年でいえば、自分の幸せをじて命がけで一流企業に入ることをめざしてきたが・・残ったのは空虚という姿です。これはあくまで私の想像の範囲ですが、この文章の後半にも米沢師が若き日の親鸞聖人と、この青年を重ねる意図を感じる箇所が出てきます。それはこの青年の空虚がそのまま、空しくない人生を求める姿であり、生きることを放棄していない証拠と苦しみさえも意味付けされるところです。聖人において比叡山時代は、法然聖人(如来大悲の恩徳)と出遇うための大切なご縁であったということと重ねておられるのでしょう。

次に米沢師は、恩徳護にあらわされている親鸞聖人の気迫の背景をみていかれます。それは「後生の一大事をこころにかける」ことです。私が死ぬことと対面する、平たく言えば自分の死について真剣に向き合うということになります。人間は「死ぬ」ということを理解しています。しかし私が死ぬことには目を背けます。私が死ぬことと向き合うためには、また一段階上の学びが必要になります。私は僧侶としての日常で、時に自らが死ぬことと向き合っている方とのであいがあります。

一昨年の十一月、私が日頃から大変お世話になっている隣寺の坊守様が、ガンを思い八年間の闘病生活の未、往生を遂げられました。五十四歳でした。亡くなられた時、多くの方がもう少し共にすごしたかったと悔やんでおられましたが、ご住職をはじめご家族は毅然とした姿でお念仏申しておられました。壮絶な八年間で、ご家族はきっと数えきれないほど生きるということについて語り尽くされたことでありましょう。その内容を私は知ることはできませんが、共に生きる一瞬一瞬を大切にされたのだと思います。お勤め後のご挨拶で、ご住職が亡き坊守様をはじめ、ご家族お一人お一人に対しても心からお礼をおっしゃっていました。

「本当にあなたがいてくれてよかったありがとう」と。私は家族に対して「いてくれてありがとう」と伝えた記憶がありません。ご住職のそのお姿に頭の下がる思いでした。今思えば、それはまさしく阿弥陀さまのいのちへの目線であります。あなたの存在そのままが大切ですといういのちの見方です。坊守様が仏さまとなられ、ご住職を通して私にみせてくださったいのちの景色といただいています。

坊守様の八年間は、私にとっては何気ない一日としか感じないものを、今しかない一瞬一瞬として大切に過ごしてこられたことと思います。私の二十四時間と坊守様の二十四時間は同じであります。しかし、見ている景色は全くの別物です。私にとっては何気ないもの、すぐ忘れ去るもの。しかし坊守様にとっては、一回一回の食事も、一人一人とのであいも今しかないものとして大切にしておられたことでありましょう。そのお姿は、死を見つめながら生きることの大切さを噛みしめようとする気迫を感じます。八年間でご家族と一緒に流された「なぜ私が」という坊守様の涙は数えきれないものであったと思います。しかしその涙を流すたびに、阿弥陀さまと向き合われた日常があったことでしょう。つまり、「あなたのいのちが大事」という声を日々聞いていかれたのではないでしょうか。

米沢師はこのような姿を「命をかけるところに人は深い感動をおぼえる」と表現されています。そして、「『如来大悲の恩徳は』ここに深い感動が脈をうっているでしょう。いのちをかけた美しさがあるではありませんか」

と、ここではじめて恩徳讃を引いて味わっておられます。これは、この気迫にあふれ感動を覚えながら一日一日を送る姿こそ、今回のことば「あなたの憧れの世界」だと示していらっしゃるのです。そしてこれが本当にいのちを大事にする姿なのです。

ここで米沢師が言わんとされることを、私の師の一人である内藤昭文和上からみ教えの上でご教示いただいたことがあります。その内容は次の通りです。

み教えで「生きる」ということは、「生・老・病・死」と示されます。生まれ、歳を重ね、痛み、死んでいく。私が生きるということの真実の姿です。しかし我々はこの真実に逆らうのです。「歳はとりたくない」「痛みたくない」「死にたくない」と。本当にいのちを大事にするということは、老いる私も、痛む私も、死んでいく私も大切にするということでしょう。それが大事にできないということが「苦」を生みます。そしてその「苦」を生む原因が煩悩(自己中心性)であります。

米沢師は、その気迫と感動に満ちた時間を、特別な日ではなく日常にしていくことがあなたの空虚を埋めることだ、と青年に示しておられるのです。つまり、本当にいのちを大事にする日常ということです。ただ、同時に、それが最も人間にとって難しいことであると嘆かれます。つまり私が煩悩具足の凡夫であるということです。しかし難しいということが憧れを生みます。

「貴方の感じられている虚しさこそ、真実の世界への強烈な憧れなのです」その憧れの世界への道しるべが恩徳讃であるということです。すなわち、煩悩具足の私が空しからざる人生を歩むために、お念仏する日常にあることを米沢師はお取り次ぎくださっています。

あとがき

親鸞聖人御誕生八百年・立教開宗七百五十年のご法要を迎えた一九七三(昭和四十八)年に、真宗教団連合の伝道活動の一つとして「法語カレンダー」は誕生しました。門信徒の方々が浄土真宗のご法義を喜び、お念仏を申す日々を送っていただく縁となるようにという願いのもとに、ご住職方をはじめ各寺院のみなさまに頒布普及にご尽力をいただいたおかげで、現在では国内で発行されるカレンダーの代表的な位置を占めるようになりました。その結果、門徒の方々の生活の糧となる「こころのカレンダー」として、ご愛用いただいております。

それとともに、法語カレンダーの法語のこころを詳しく知りたい、法語について深く味わう手引き書がほしいという、ご要望をたくさんお寄せいただきました。

本願寺出版社ではそのご要望にお応えして、一九八〇(昭和五十五)年版から、このカレンダーの法語法話集「月々のことば」を刊行し、年々ご好評をいただいております。今回で第四十四集をかぞえることになりました。

二〇二四(令和六)年の「法語カレンダー」では、「宗祖親鸞聖人に遇う」というテーマを設け、これまでお念仏を称え人生を生きぬかれた、先師の言葉を選定いたしました。本書では、これらのご文についての法話や解説を四人の方に分担執筆していただきました。繰り返し読んでいただき、み教えを味わっていただく法味愛楽の書としてお届けいたします。

本音をご縁として、カレンダーの法語を味わい、ご家族や周りの方々にお念仏の喜びを伝える機縁としていただければ幸いです。また、各種研修会などのテキストとしても幅広くご活用ください。

二〇二三(令和五)年八月 本願寺出版社

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