2020年8月のことば 念仏もうすところに 立ち上がっていく力があたえられる

報恩知徳の道

今月のことばは、西元宗助先生が『み仏の影さまざまに』(樹心社)のなかで述べられた一文です。
酉几先生は、『歎異抄』第四条について触れられた後で、

けだし、聖人がここで「念仏もうすのみぞ」と仰せになる、その念仏の意味  はじつに無上甚深でありまして、称名念仏こそは実は如来の大行であり、その大行たる如来の本願念仏をわが身にいただくことが大信、即ち他力の信心であり、したがってまた大菩提心であり、大慈悲心をたまわることであるのでありました。だからこそ「念仏もうすのみぞ、すえとおりたる1最後まで⊇貝した、徹底したI大慈悲心にてそうろふべき」と仰せになられたのでありました。(中略)

要するにです、念仏もうすところに、立ち上がっていく力があたえられる。
どこまでも自分のことしか考洸ない、自分たちだけの幸せを求めてやまない、その浅ましいことに気づかされて、噺愧の念と感恩の念がめぐまれる。そして及ばずながら、せめて出来るだけお役にたちたいと願うようになる。お念仏は、このような徳をもっているのでございます。
いや、それに、わたしのいささがな経験でも、ひとを救おう助けようと思うことは、まことに結構なことに違いありませんが、しかし気をつけないと、助けよう救おうと思うこころが、いつのまにか思いあかっか傲慢心になっていて、人を救い助けるどころか、却って人とのあいだを疎遠にしてしまっていたということも経験しております。だから、いちばん大事なことは、私ども自身が世のひとびと、即ち人さまのご恩を感じることにあるようでありまして(中略)まことに念仏もうすということは、仏恩報謝の念仏という言葉もありますように、われら忘恩の煩悩具足の凡夫が、み仏のご恩を感じさせていただき、また人さまのご恩を感じさせていただく世界-境涯でありましょう。そしてそのあらゆるもののご恩を感じさせていただくことこそが、凡夫の大菩提心、凡夫の度衆生心をなりたたしめる根源1本願力廻向であることを思うにつけ、われら凡夫におきましては、ただ念仏で、他力廻向の大信心を讃嘆させていただくばかりなのでございます。けだし本願を信じ念仏もうす信心のほかに凡夫の知恩報徳の道はないからであります。         (一三七~一三九頁)

と、述べられています

源信和尚のお母さま

現実に目を向けてみますと、私たちはいろいろなところ・場面で、「感謝」とか「恩返し」という言葉を用いています。たとえば、何か目標を達成できたときに、「お世話になった方々に対して、これで恩返しができたかなと思います」「感謝しています」などです。それは本心からの素直な表現だと思いますが、私は”本当に感謝しているのかな”とか。恩返しできたって言ってるけど、それって自己満足でしかないんじゃないかな刀などと思うときがあります。私の受け止め方が間違っているのかもしれませんが(性格が素直でないのかもしれませんが二、どことなくすっきりとしない感情を抱いてしまいます。私は、世間一般的な「感謝」とか「ご恩」の使用は、「私はうれしい。だから○○も喜んでくれる」というように、「他者」よりも「自分」が優先されているのではないかと考えます。
平安時代、源信和尚は『往生要集』を著されて人々にも念仏往生を勧められましたが、お若い頃のエピソードとして次のようなお話が残されています。
源信和尚は、若くして比叡山でもその名をとどろかせる立派なお坊さまでしか。あるとき、村上天皇の御前で経典の講義をなされ、村上天皇はたいそう喜ばれ、源信和尚にご褒美を授けられました。源信和尚は、早速、その言褒美をお母さまに贈られました。「これでお母さんに恩返しができる。お母さんもさっと喜んでくれるに違いない。立派になった私を責めてくれるだろう」と、源信和尚にしてみれば、お母さまへの感謝の印として、ご褒美をそのまま届けられたのでした。
ところが、お母さまはご褒美を一切受け取られずにすべて源信和尚に送り返され、「あなたは名誉や地位を得るために仏門に入ったのですか。世の人々の助けとなるために、仏の教えを学ぼうとして比叡山に上ったのではありませんか」といった内容の書かれた手紙を添えられていたそうです。源信和尚はお母さまのお言葉によって自らの姿勢を恥じ、褒美の品々をすべて天皇にお戻しになりました。そして改めて仏道に真摯に向き合い、念仏の道を精進されたそうです。

常行大悲の益

源信和尚のお母さまは、源信和尚に対して「本当の感謝とは何か。ご恩に報いるとは何か」を、身をもってお示しになったのではないでしょうか。先はども述べましたが、どうしても私たちは自分優先の感謝を相手に押しつけて、それで恩に報いたと勝手に納得しています。それでは本当の「感謝」「恩」とは言えません。 そうすると、「私たちには恩返しも感謝もできないのでしょうか」とおっしゃるかもしれませんが、決してそのようなことを申しあげているのではありません。
”私から他者へのムダを、”他者から私へのヽ少として受け止められるところに、本当の感謝の心が語られてくるのではないでしょうか。言いかえますと、「恩」は私か誰かに差しあげるものではなく、私かさまざまな方からいただいたもの(いただいているもの)だということです。いただいた「恩」であることを知ってこそ、初めて「ありかたい」「もったいない」の心が生じるのです。
お念仏も同じです。私たちが「南無阿弥陀仏」と称えることは、「仏恩報謝」あるいは「報恩感謝」のお念仏だとよく言われますが、阿弥陀さまからいただいたお念仏であると知る(受けとめる)ことが、信心を得たということなのです(信知)。親鸞聖人は『教行信証』「信巻」に、阿弥陀さまの仰せを疑いなく聞き信じることができたものに具わる徳として「十種の利益」をあげられています。その八番目に「知恩報徳の益」があります。阿弥陀さまから私に掛けられた「ご恩」であると受け止められたものだけが、徳を報じていくことができるのです。さらに九番目には「常行大悲の益」とあります。「大悲」とは、阿弥陀さまがすべての生きとし生けるものを救済しようと願われた大きな慈悲の心です。「徳を報ずる」とは、阿弥陀さまからいただいた大悲の心を阿弥陀さまにお返ししていくことではありません。そもそもそのような大それたことが私にできるはずもありません。阿弥陀さまからいただいたお心を、私白身の依りどころとしてお念仏を称えていくこと、それが「徳を報ずる」ことなのです。源信和尚のお母さまがわが子に示されたのは、「世の人々に阿弥陀さまのみ教えを伝えていくことが、あなたにできる恩返しですよ」ではなかったでしょうか。
とはいえ、私たちはどうしても。自分”という立場を後回しにしてものを見たり考えたりすることができません。詰まるところ、。自分”を抜きにすることはできません。ただ、そのことに気づけるかどうかが重要なのです。自分の本当の心持ち・すがたをごまかさないで受け止めることが大切です。そこに初めて、阿弥陀さまから私に掛けられた願いの有り難さに気づかされるのです。西元先生の「念仏もうすところに、立ち上がっていく力があたえられる。どこまでも自分のことしか考えない、自分たちだけの幸せを求めてやまない、その浅ましいことに気づかされて漸愧の念と感恩の念がめぐまれる。そして及ばずながら、せめて出来るだけお役にたちたいと願うようになる。お念仏は、このような徳をもっているのでございます」のお言葉は、正に「仏恩報謝」のお念仏の心を表現されたものに他なりません。

自らのすがたを見つめ直すご縁

一つ付け加えますと、自らの無力さを痛感すると、人はなかなか他者(人・物)に向かっていく気力が失われてしまいがちです。

しかし、行動に移すことによって、現実には十分なことはできないと気づかされるのです。何もしないでいては、働愧の心も、感謝の心も起こりえません。それではいくら念仏を称えてみたところで、真の念仏者にはなれません。

ご門主さまが伝灯奉告法要でのご親教に、私たちはこの命を終える瞬間まで、我欲に執われた煩悩具足の愚かな存在であり、仏さまのような執われのない完全に清らかな行いはできません。しかし、それでも仏法を依りどころとして生きていくことで、私たちは他者の喜びを自らの喜びとし、他者の苦しみを自らの苦しみとするなど、少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し、精一杯努力させていただく人間になるのです。

とおっしゃっています。お念仏のみ教えに出遇えたことを尊いご縁として、私白身も自らのすがたをあらためて見つめ直してみたいと思います。
(貫名 譲)

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