2018年6月 自力の御はからいにては 真実の報土へ 生るべからざるなり

浄土真宗を理解するために 今月は、親鸞聖人が関東の門弟に宛てて書かれたお手紙(御消息)の中にある言 葉です。 このお手紙には、「笠間(かさま)の念仏者(ねんぶつしゃ)の疑(うたが)ひとはれたる(疑い聞かれたる)事(こと)」(『註釈版聖典』七四六頁)という題がつけられています。おそらくこのお手紙の最初に書かれている「自力・他力」ということは、親鸞聖人から念仏の教えを聞いてきた関東の門弟たちにとって、もっとも重要な疑問の一つだったからでしょう。ですから、親鸞聖人もこのお手紙の中で、門弟たちの疑問に答えるかたちで、「自力・他力」ということについて、詳しくていねいに解説されているのです。 さて、親鸞聖人はこのお手紙の最初に、

それ浄土真宗のこころは、往生(おうじょう)の根機(こんき)に他力あり、自力あり。このことすでに天竺(印度)の論家(ろんげ)、浄土の祖師の仰せられたることなり。(『親鸞聖人御消息』、『註釈版聖典』七四六頁)

と書いておられます。これによって、「自力・他力」ということは、すでに龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)や天親菩薩などインドの祖師方の時代にも、さらには時がくだり、曇鸞大師、道棹禅師、善導大師といった中国の浄土教の祖師方の時代も、つねに問題にされてきたことである、ということがわかります。実は、浄土真宗の教えを理解できるかどうかは、「自力・他力」ということを正しく理解できるかどうかにかかっている、といってもいいほどの大切な問題なのです。そこで、今回は親鸞聖人のお手紙の言葉に耳を傾けながら、今月のことばについて味わってみたいと思います。 自力の否定 まず、親鸞聖人はこのお手紙の中で、「自力」ということについて、

自力と申すことは、行者のおのおのの縁にしたがひて、余の仏号(ぶつごう)を称念(しょうねん)し、余の善根を修行して、わが身をたのみ、わがはからひのこころをもって身口意(しんくい)んkみだれごころをつくろひ、めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり。(『註釈版聖典』七四六頁)

と書いておられます。 すなわち「自力」とは、行者ひとりひとりが出会った教えにしたがって、いろいろな仏さまの名を称えたり、さますまな善行を積み重ね、それらの修行に励んだという自分自身を頼りとし、また自分の善悪の判断にもとづいて、つねに身のふるまいを正し二百葉遣いに気をつけ、ヽ心が乱れたらそれを取り繕い、立派にするように心がける。そうして、このような生き方をしている自分であれぼさっと往生できるだろうと期待すること、これを「自力」というのです、といわれています。 このように、「悪をつつしみ善をなしていく」という行為と、それによって自分の身を立派に調えていくということは、仏教の原則からいっても、社会通念上から考えても、実にまっとうな生き方であるといえるでしょう。 ところが親鸞聖人は、この後に

自力の御はからひにては真実の報土へ生るべがらざるなり。 (『同』七四七頁)

と、自力による往生を否定されているのです。いったい、それはどういうわけなのでしょうか。 阿弥陀さまの本意 その疑問について考える前に、親鸞聖人が「自力」に続いて、「他力」ということについて解説されていますので、もう少し聖人のお手紙を読み進めていきましょう。 親鸞聖人は「他力」ということについて、

また他力と申すことは、弥陀如来の御(おん)ちかひのなかに、選択摂取(せんしゃくせっしゅ)したまへる第十八の念仏往生の本願を信楽するを他力と申すなり。如来の御ちかひなれば、「他力には義なきを義とす」と、聖人(汪然)の仰せごとにてありき。義といふことは、はからふことばなり。行者のはからひは自力なれば、義といふなり。他力は、本願を信楽(しんぎょう)して往生必定(おうじょうひつじょう)なるゆえに、さらに義なしとなり。(『註釈版聖典』七四六頁)

と書いておられます。すなわち親鸞聖人は、阿弥陀さまの(四十八の)お誓いの中で、「あらゆる行を選び捨て、ただ念仏一行を選び取って往生決定の行とする」と誓われた第十八願(念仏往生の願)を、疑いなく聞き入れて喜ぶことを「他力」という、といわれています。 さあ、どうでしょうか。一般的には、念仏}行を修するよりも、さますまな行を積むことの方がすぐれており、そのようなすぐれた行を行ずる者をこそ、仏さまは救ってくださるのだ、と考えるのが普通でありましょう。実際、阿弥陀さまのお誓いの中、第十九願には諸行往生が誓われており、これこそが阿弥陀さまの本意であると考えた人もおられたのです。 それに対して、親鸞聖人が浄土真宗の七高僧と仰がれた方々は、念仏往生を誓われた第十八願こそ阿弥陀さまの本意の願である、とご覧になりました。もともと阿弥陀さまの四十八願は、すべて「因位(菩薩の位)の誓願」という意味で「本願」ではありますが、第十八願こそが四十八願の要であり、根本の願であるとご覧になりました。特に、法然聖人は「四十八願の中の根本の願」という意味で、第十八願のことを「本願」とよばれ、この願は、あらゆる行を選び捨て、ただ念仏一行を選び取って往生決定の行とされているというので、第十八願を「選択本願」と名づけられました。そして、親鸞聖人も法然聖人のお心を受けついでおられるのです。 それではなぜ、浄土真宗の祖師方は、第十八願こそが阿弥陀さまの本意の願であると考えられたのでしょうか。また、そもそも阿弥陀さまは、なぜ第十八願において、諸行を捨てて念仏一行をもって往生の行とされたのでしょうか。 その理由について、法然聖人は『選択本願念仏集』という書物の中で、第十八願にこそ、阿弥陀さまの「すべての人びとを救いたい」という「平等の慈悲」があらわれているからである、ということを明らかにされました。それは、第十八願に誓われた念仏行は、救いの条件として提示されたものではなく、すべての人びとを平等に救いたいという慈悲の心があらわれたものであると、法然聖人は見抜かれたということなのです。 阿弥陀さまは、平等の慈悲の心をもって、「どうしたらすべての人びとをもらさず救いとることができるか」ということを深く深く考えぬかれ、戒律や禅定、造像、起塔などは、限られた人しか救われない難しい行であるから選び捨てられ、もっとも行じゃすくたもちゃすい称名念仏一行こそが、すべての人びとを救いとることのできる方法であるとして、これを「選び取る」という本願をおこされたのである、といわれるのです。こうして法然聖人は、この第十八願は「すべての人びとを救おう」と誓われた阿弥陀さまの大悲のお心があらわれた誓願であるから、阿弥陀さまの救いについて、私たちがあれこれとはからうことではない、とあっしゃったのです。 他力とは阿弥陀さまの救済力 ここまで読み進めてくると、親鸞聖人のおっしゃる「自力・他力」ということが、おぼろげながらも見えくるのではないでしょうか。 親鸞聖人のおっしゃる「自力・他力」とは、一般に考えられているように、「自の力・他の力」という意味ではなかったのです。『教行信証』「行文類」に、

他力といふは如来の本願力なり。(『註釈版聖典』 一九〇頁)

といわれているように、「すべての人びとを救おうと願い立たれ、今その願いのとおりに、すべての人びとを救いつつある阿弥陀さまの救済力」のことを、「他力」といわれているのです。それに対して、自分のはからいをもって往生を願うことを「自力」といわれていました。 こうして、「自力・他力」ということを詳しく述べられた上で、

しかれば、わが身のわるければ、いかでか如来迎へたまはんとおもふべからず。凡夫(ぼんぶ)はもとより煩悩具足(ぼんのうぐそく)したるゆゑに、わるきものとおもふべし。またわがこころよければ、往生すべしとおもふべからず。自力の御はからひにては真実の報土へ生るべがらざるなり。「行者のおのおのの自力の信にては、塀慢・辺地の往生、胎生疑城の浄土までぞ往生せらるることにてあるべき」とぞ、うけたまはりたりし。 (『親鸞聖人御消息』、『註釈版聖典』七四七頁)

と結んでおられます。まことにもったいないことですが、阿弥陀さまのお浄土は、私が願って往く世界ではなく、阿弥陀さまに願われ招かれて往く世界だったのです。

親鸞聖人が『高僧和讃』「善導讃」に、

願力成就の報土には
 自力の心行いたらねば
 大小聖人みなながら
 如来の弘誓に乗ずなり 『註釈版聖典』五九一百)

といわれていることを、よくよく味わいたいものです。

(藤潭信照)

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2018年5月 かの如来の 本願力を観ずるに 凡愚遇うて 空しく過ぐるものなし。

「空しく過ぐるものなし」

「人生が空しい」という人があるけれど、「人生を空しいもの」としか思えない人の人生が空しいだけである。阿弥陀さまの人悲の心にふれて、人生を尊いものであると知らされた人にとって、けっして「空しい人生」というものはないと、親鸞聖人は私たちに教えてくださいます。
さて、今月のことばとよく似た言葉を、どこかで耳にしたり、目にしたことはないでしょうか。浄土真宗本願寺派の葬儀に会葬された際に、お勤めをよくよく聞いていると、終わりに近づいた頃に、こんなご和讃を耳にされることと思います。

本願力(ほんがんりき)にあひぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳(くどく)の宝海(ほうかい)みちみちて
煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくすい)へだてなし             (「註釈版聖典」五八〇頁)

この和讃は親鸞聖人がお造りになった「高僧和讃」「天親讃」の一首で、浄土真宗の教えを味わう上で、とても大切な和讃の一つです。
今月のことばは、親鸞聖人がお造りになった『入出一一門偶頌』という渇頌(うた)のこ即で、もともと、

かの如来の本願力を観(かん)ずるに、凡愚(ぼんぐ)、遇(もうお)うて空(むな)しく過(す)ぐるものなし。
一心専念(いっしんせんねん)すれば、すみやかに真実功徳(しんじつくどく)の大宝海(だいほうかい)を満足せしむ、
(「註釈版聖典」五四六貞)

と続いていくご文の前半のお言葉です。先にあげた「天親讃」の一首も、この「入出二門偈頌」のご文も、どちらも、浄上真宗の七高僧のお一人、インドの天親菩薩の『浄土論』の中の、

仏の本願力を観ずるに、遇ひて空しく過ぐるものなし。よくすみやかに功徳の大宝海を満足せしむ。 ((註釈版聖典 七祖篇)』三一頁)

というご文が依りどころとなっています。

必ず浄土に生まれる

これら三つのご文はとてもよく似ていますが、少し言葉が変わっていたり、また言葉がつけ加えられたりしています。この少しの言葉の違いが、実は浄土真宗の教えを理解する上で大きな意味を持っているのです。
もともと「浄土論」のご文は、「阿弥陀さまの本願力(救済力)を心に思いうかべてみると、浄土に往生して阿弥陀さまに出遇いながら、仏道を完成することがないままに空しく時を過ごすというものはけっしてありません。阿弥陀さまはその本願力によって、すみやかに宝のような功徳を満足せしめて、私たちをさとりに至らしめてくださるのです」ということをあらわしています。このような阿弥陀さまの救いのはたらきを「不虚作住持功徳」といいます。
これが親鸞聖人の「入出二門喝頌」になると、「浄土論」のご文にはなかった「凡愚」とか「一心専念すれば」、さらには「功徳」に「真実」という言葉が加えられているのです。おそらく親鸞聖人は、「浄土論」のご文に感銘を受けながらも、さらに次のようなことを明らかにしようとされたのだと思われます。
まず一つには、阿弥陀仏の救済を受けるのは「煩悩具足の凡夫」である私たちだということ。二つには、宝の海ようなすばらしい功徳を満足させていただくのは、浄土に往生してからではなく、「T心にもっぱら阿弥陀仏の名を称えるとき」、すなわち今この土においてのことであるということ。三つには、その時に得る利益は私たち凡夫の自力の善根によって得る「不実の功徳」ではなく、阿弥陀仏の智慧と慈悲が満足された「真実の功徳」であるということです、もちろんこれは、現生においてさとりを開くということではありません。称える名号そのものに、阿弥陀仏の智慧と慈悲の徳がこめられていて、私たち衆生がその名号をはからいをまじえずに受け入れ、口に称えるところに、仏となるべき因がまどかに満たされる(仏因円満の身となる)ということを明らかにされているのです。この位を正定聚(必ず仏になることが決定しているなかま)といい、また「弥勒と同じ(次の生には仏となるといわれている弥勒菩薩と同じ徳を得ているということこといわれるのです。
さらに「天親讃」になると、『浄土論』の「仏の本願力を観ずるに、遇いて空しく過ぐるものなし」というところが、「本願力にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき」となっていて、『浄土論』の「よくすみやかに功徳の大宝海を満足せしむ」というところは、「功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」となっています。
これによって、親鸞聖人が明らかにしようとされていることは、一つには、「本願力を観ずる」ということは「阿弥陀さまに遇う」ことであり、今すでに阿弥陀さまに出遇っているから、けっして人生を空しく過ごすことはない、とおっしゃっているのです。「本願力を観ずる」ということが、「阿弥陀さまに遇う」ことであるというのは、少し説明が必要かと思います。
そのお心を、親鸞聖人の『一念多念文意』という書物によってうかがってみると、

「観」は願力をこころにうかべみると申(もう)す、またしるといふこころなり。「遇(ぐ)」はまうあふといふ。まうあふと申すは、本願力を信ずるなり。「無(む)」はなしといふ。「空(くう)」はむなしくといふ。「過(か)」はすぐるといふ。「者(しゃ)」はひとといふ。むなしくすぐるひとなしといふは、信心あらんひと、むなしく生死にとどまることなしとなり。                 (「註釈版聖血『』六九一頁)

と解説されています。「まうあふ(もうあう)」とは、「参逢(まいあうこの変化した語で、「値」とか「遇」とも書き、「参上してお目にかかる」とか「尊い方にお会いする」、または「会わせていただく」ということです。
親鸞聖人は、このご書物で天親菩薩のお言葉を次のようにお領解されたのです。

「すべての人びとを救いたい」という願いをおこして修行に励まれ、その願いを実現してすべての人々を救いつつある阿弥陀さまが、大悲の心をもって私たちを「南無阿弥陀仏(必ずたすけるぞ、われにまかせよ)」と喚んでいてくださいます。その声をはからいなく聞いて、「必ずたすかると、あなたにおまかせします」と、阿弥陀さまにこの身をおまかせしているものは、もうすでに阿弥陀さまにお出遇いしているということになります。今すでに阿弥陀さまとご一緒に生きていくのですから、浄土に生まれることは決定しているのです。このような人は、けっして空しく生死(迷い)の世界にとどまることはないのです。

煩悩を抱えたままの救い

二つには、「功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」とあり、また三つにその功徳は「真実功徳」であるといわれているように、阿弥陀さまの本願力をはからいなく受け入れていくものは、煩悩を抱えたままで、その煩悩が宝のような功徳に転じられていく、ということを明らかにされたのです。
そのことを『尊号真像銘文』には、

「能令速満足功徳大宝海(のうりょうそくまんぞくくどくだいほうかい)」といふは、「能(のう)」はよしといふ、「令(りょう)」はせしむといふ、「速(そく)」はすみやかにとしといふ。よく本願力を信楽(しんぎょう)する人はすみやかに疾く功徳の大宝海を信ずる人のその身に満足せしむるなり。如来の功徳のきはなくひろくおほきにへだてなきことを、大海の水のへだてなくみちみてるがごとしとたとへたてまつるなり。            (「註釈版聖血『』六万二頁)

といわれ、また「一念多念文意」には、

「能」はよくといふ。「令」はせしむといふ。よしといふ。「速」はすみやかにといふ、ときことといふなり。「満(まん)」はみつといふ。「足(そく)」はたりぬといふ。「功徳(くどく)」と申すは名号(みょうごう)なり。「大宝海(だいほうかい)」はよろづの善根功徳満(ぜんごんくどくみ)ちきはまるを海にたとへたまふ。この功徳をよく信ずるひとのこころのうちに、すみやかに疾く満ちたりぬとしらしめんとなり。しかれば、金剛心(こんごうしん)のひとは、しらず、もとめざるに、功徳の大宝その身にみちみつがゆゑに、大宝海とたとへたるなり。                     (「註釈版聖典」六九一~六九二頁』)

といわれたのです。このことを私たちになじみの深い「正信偶」には、

能発一念喜愛心(のうはついちねんきあいしん) 不断煩悩得涅槃(ふだんぼんのうとくねはん)
几聖逆膀斉回入(ぼんしょうぎゃくひうさいえにゅう) 如衆水人海一味(にょしゅすいにゅうかいいちみ)

(よく一念喜愛(いちねんきあい)の心(しん)を発(ほっ)すれば、煩悩(ぼんのう)を断(だん)ぜずして涅槃を得るなり。
几聖(ぼんしょう)・逆膀斉(ぎゃくほうひと)しく回入(えにゅう)すれば、衆水海(しょすいうみ)に入(い)りて一味(いちみ)なるがごとし。「註釈版聖典」二〇三頁)

といわれています。
浄土真宗の教えは、善人も悪人も、賢き人も愚かな人も、富める人も貧しき人も、お年寄りも若い人も、男の人も女の人も、まったくわけへだてすることなく、ただ阿弥陀さまの本願を素直に聞き入れる時、すみやかに阿弥陀さまの救いのみ手の中に摂めとられます。そして、たとえ汚れた川の水であっても、海はその川の水をわけへだてなく受け入れて同じ一つの塩味に変えなしていくように、さとりの障りとなる自己への執われ(煩悩)も、そのまま転じてさとり(自他の分別を超えた世界)の功徳に変えなして、私たちにさとりの功徳を与えてくださる、ということです。
このような阿弥陀さまの大悲のお心に聞きふれた人にとって、どんなに辛いこと、悲しいことがあったとしても、けっして「空しい人生」ではないのですよ、と親鸞聖人は教えてくださったのです。                                 (藤津信照)

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2018年4月 回心というは自力の心をひるがえし、すつるをいふなり。

人生のターニングポイント

今月のことぼは、親鸞聖人の著作『唯信鈔文意』の一節です。 「回心」という言葉は、一般的には「かいしん」と読み、これまでの誤った心を改めることをいい、「改心」と同じ意味で用いることもあります。キリスト教などでは、過去の罪の心や生活を悔い改めて、神の正しい信仰寸心を向けることを「回心」というようです。仏教ではこれを「えしん」と読み、もともとの心をあらためて正しい仏道に向かうことをいいますが、浄土真宗では、今月のことばのように、自力の心をすてて他力に帰することを「回心」というのです。 いずれにしても「回心」という言葉は、これまで自分の持っていた価値観が崩れ、まったく新しい価値観が誕生することによって、人格の内面が変化することであるといえます。その意味で「回心」とは、「自分白身が生まれ変わった」というべき信体験をすることで、『歎異抄』第十六条には、

一向専修(いっこうせんじゅ)のひとにおいては、回心といふこと、ただひとたびあるべし。 (『註釈版聖典』八四八頁)

といわれているように、人生におけるただ}度の「夕ーニングポイント」というべき重大な出来事なのです。 私は鹿児島県のお寺の三男として生まれたのですが、中学・高校の頃には、浄土真宗の教えやお寺のことについてそれほど関心を持っていませんでした。まして「お坊さんになろう」などとはまったく考えていませんでした。大学に進学する頃には、すでに長兄がお寺を継ぐ決心をしていたということもあって、自分かやりたいことをやろうと地元の大学の理学部に進学しました。 ところが、学生時代に思いがけない挫折を経験したことや、また将来に不安を抱えながらの学生生活の中で、さますまな仏縁をいただく機会に恵まれていくうちに、次第に浄土真宗の教えに関心を持つようになっていきました。今にして思えば、これは阿弥陀さまのおはからいだったのでしょうか。 大学卒業年次の夏、ある先生に出遇ったことが、私の人生を大きく変えることになったのです。これが私の人生のターニングポイントでした。大学卒業を機に、生まれ故郷の鹿児島を離れ、先生のおられる大阪府高槻市の行信教校というお坊さんの専門学校に入学し、本格的に浄土真宗の教えを学ぶことにしました。そして、行信教校卒業後、ご縁があって滋賀県のお寺に人寺させていただき、それから三十年の時を経て今日に至っています。 さて、「回心」ということについて、人それぞれ道筋は異なると思いますが、宗教体験あるいは信仰体験ということでいえば、無宗教から信仰に入るという場合や、ある宗教から別の宗教へと移っていく場合、また人によっては、逆に信仰から無宗教へと移行するという場合があるかもしれません。いずれにしても、心のありようが完全に転回していくことを「回心」というのです。

親鸞聖人の回心

それでは、『唯信紗文意』の著者である親鸞聖人にとって、「回心」とはいったいどのようなことだったのでしょうか。親鸞聖人は著述やお手紙の中で、自身のことについてはほとんど語っておられないのですが、ただ「回心」ということについては、はっきりと述べておられているのです。 一つには『教行信証』「化身上文類」の後序に、

しかるに愚禿釈(ぐとくしゃく)の鸞(らん)、建仁辛酉(けんにんかのとのとり)の暦(れき)、雑行(ぞうぎょう)を棄(す)てて本願(ほんがん)に帰(き)す。 (『註釈版聖典』四七二頁)

とあるように、「愚禿釈の鸞」と自らの名を名のり、「建仁辛酉の暦」とその時も示して、「雑行を棄てて本願に帰す」と自らの回心について記されています。この時、九つの時から二十年もの間、学問修行されてきた比叡山に別れを告げ、吉水の法然聖人のもとに行く決意をされた、というのです。このことは、伴侶である恵信尼さまが末娘の覚信尼宛てに書かれた『恵信尼消息』の中で、

山を出(い)でて、六角堂に百日龍らせたまひて、後世(ごせ)をいのらせたまひけるに、九十五日のあか月、聖徳太子の文を結びて、示現(じげん)にあづからせたまひて候ひければ、やがてそのあか月出でさせたまひて、後世のだすからんずる縁にあひまゐらせんと、たづねまゐらせて、法然上人にあひまゐらせて (『註釈版聖典』八}一頁)

等と書かれているものとも符合します。ちなみに、ここに「山」とあるのは「比叡山」のことを指しています。親鸞聖人は回心されて後、比叡山での学問修行を「雑行」といわれ、汪然聖人によって出遇った念仏往生の教えのことを「本願」といわれたのです。 三願真仮の思想 ここで『教行信証』「化身上文類」後序の文に、「雑行を棄てて本願に帰す」といわれていることに注目しておきたいと思います。「雑行」に対する言葉は「正行」ですから、親鸞聖人の「回心」が「依るべき行を転換した」ということであるならば本来ここでは「雑行を棄てて正行に帰す」、あるいは「諸行を棄てて念仏に帰す」というべきでしょう。しかしこの文は、親鸞聖人の回心が、「依るべき行を諸行から念仏に転換された」というだけではなく、「本願他力の心に帰する」ということであったということをあらわしている、ということになるでしょう。今月のことばの、

「回心」というは自力の心をひるがえし、すつるをいふなり。 (『註釈版聖典』七〇七頁)

というのも、そのことをあらわしていました。 このような回心体験は、その後、阿弥陀さまの本願の上に真実と方便とがあるという「三願真仮の思想」を確立されることによって、より明確な形であらわされることなります。それが、いわゆる「三願転入」と呼ばれるお言葉でした。 「化身上文類」には、要門釈(諸行往生を誓われた第十九願の法門を「要門」という)に続いて、真門釈(自力念仏往生を誓われた第二十願の法門のことを「真門」という)がありますが、その真門釈の結びに、

ここをもって愚禿釈の鸞、論主(ろんじゅ)の解義(げぎ)を仰ぎ、宗師(しゅうし)の勧化(かんげ)によりて、久しく万行諸善(まんぎょうしょぜん)の仮門(けもん)を出でて、永く双樹林下(そうじゅりんげ)の往生を離る。善本徳本(ぜんぽんとくほん)の真門に回入(えにゅう)して、ひとへに難思往生(なんじおうじょう)の心を発(おこ)しき。(第十九願から第二十願への転換)しかるにいまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転人せり。すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂ぽんと欲す。(第二十願から第十八願への)果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。(『註釈版聖典』四一三頁)

という言葉で語られています。ここで親鸞聖人は、聖道門から要門へ、要門から真門へ、そしていま弘願(第十八願)に帰すことができたのは、ひとえに阿弥陀さまのお育てによるものであったと、お救いのはたらきに深く感謝されています。 「ふたつならぶことをきらふ」 さて、親鸞聖人は兄弟子であった聖覚法印の書かれた『唯信鈔』をとても大切にされ、関東の門弟たちにもたびたび書写して伝授されていますが、その『唯信鈔』に出ている文について釈されたのが、『唯信鈔文意』という書物です。 親鸞聖人は『唯信鈔文意』のはじめのところに、「唯信鈔」という題について解釈されて、

「唯信鈔」といふは、「唯」はただこのことひとつといふ、ふたつならぶことをきらふことばなり。また「唯」はひとりといふこころなり。「信」はうたがひなきこころなり、すなはちこれ真実の信心なり、虚仮はなれたるこころなり。虚はむなしといふ、仮はかりなるといふことなり。虚は実ならぬをいふ、仮は真ならぬをいふなり。本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを「唯信」といふ。 (『註釈版聖典』六九九頁)

等といわれています。ここに「唯」ということばを解釈されて、「ただこのことひとつという、ふたつならぶことをきらうことばなり」といわれ、また「本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを『唯信』という」とか、「『唯信』はこれこの他力の信心のほかに余のことならはずとなり」(同頁)といわれています。 「自力他力」ということについては、六月のことばで詳しく解説しますが、親鸞聖人にとって、「他力」とは「自力」をはなれることであり、本願他力のほかに、ほかのことを並べないことであったことがわかります。つまり「自力・他力」とは、一般に理解されているように「自の力・他の力」という意味でもなく、「自力と他力とがあいまって、仏さまの救いを受ける」というものでもなかったのです。 『領解文(りょうげもん)』には、

もろもろの雑行雑修自力(ぞうぎょうざっしゅじりき)のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけ候へとたのみまうして候ふ。 (『註釈版聖典』 コーニ七百)

とあります。阿弥陀さまのお救いにあずかるとは、これまで迷い続けてきたもとである自己への執われ、すなわち「凡夫自力のはからい」を捨てて、阿弥陀さまの智慧と慈悲のはたらき、すなわち「本願他力」にまかせることによって、必ず浄土へ生まれて真実のさとりを開くことに決定した身(これを「正定聚」といいます)にしていただき、今、ここから、さとりへの道を歩いていく、ということだったのです。 (藤潭信照)

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2018年3月 本願をききて 疑うこころなきを 聞というなり

本願を聞く

三月の法語は、親鸞聖人が、法然門下の先輩である隆寛律師の『一念多念分別事』を註釈された、二念多念文意』からの一文です。二念多念文意』は、専修念仏(せんしゅうねんぶつ)は称名念仏の数、一念・多念という念仏の数に偏執しない念仏往生義であることを明らかにされた書物です。今月の法語は、その念仏往生の誓願である第十八願が成就した、第十八願成就文を解釈された一文です。まず、その文と現代語訳をうかがいましょう。

本願をききて疑ふこころなきを「聞(もん)」といふなり。 (『註釈版聖典』六七八頁)
(如来の本願を聞いて、疑う心がないのを「聞」というのである。『一念多念文意(現代語版)』五頁)

と、この文は阿弥陀さまの根本の誓願の救いを疑いなく、二心なく聞く、「聞」の大切さを示された一文です。
浄土真宗では聞法・聴聞を大切にしますが、一般に仏教においては、発心・修行ということを犬切にします。自らさとりを求めようという真心を発し、自らが造作しさとりに向かう修行をしていくことを意味します。浄土教の伝統においても、真実清浄に建立された阿弥陀さまの浄土に往生を願うわけですから、浄土に往生しようとする者の信(心)や行け、本来は真実清浄な心で行じられなければなりません。
しかしながら、私たちが自ら十分に真を至して発したという信(心)や行け、真実清浄であるとはいえません。親鸞聖人は、悪の本性はいかんともしがたく、心は蛇や歎(さそり)といった毒虫と少しも変わりがないとも吐露されています。善い行いをしても、心のどこかで褒めてもらいたいとか、良く見てもらいたいといったはからいの心、すなわち煩悩の毒が混じっています。それは、世間でいう善行やさとりへ向かう善根功徳の行であろうともです。少しでも汚れた心持ちで修行の徳を振り向けて、土へ往生を願ったとしても、これは必ず不可でしかないのです。
また、自らが正しく清らかに行じたと思っていても、それが迷いの因果に基づいた行いであるならば、これもまた不可なのです。私たちの身・口・意の三業は、雑毒の善、虚仮の行で、真実の業とは名づけられず、このような業によって浄土往生を求めてもかなえられないのです。
ところが逆に、阿弥陀さまがそのような衆生を哀れんで、法蔵菩薩としてご修行された際の身・口・意の三業は、すべて真実清浄になされ、一念一刹那も真実清浄でなかったことはない、といわれます。そして、真実なる願いを完成され、真実心で修められた功徳のすべてを名号として、衆生に施されていたのです。阿弥陀さまの本願成就のところに、衆生の信ずる心も、行ずる行も、さとりに至るはたらきも、完成し用意されていたのです。
その救いの誓願の根本中心は第十八願です。この願の内容には、第十一・十二・十三・十七・十八願の阿弥陀さまの五つの願いの心が込められています。すなわち、真実の教(『仏説無量寿経』言行(南無阿弥陀仏土信(無疑の信心土証(滅度言宣(仏・真土の六法が納まっており、『教行信証』にはそれらの救いの法が体系的に述べられています。衆生往生の因果のすべてが阿弥陀さまから与えられて救われる、本願力回向の仏道にほかならないことが明らかにされています。

「ただ念仏」と「ただ信心」

私たち凡夫の現実は、臨終の瞬間まで貪欲・緋恚・愚痴の三毒の煩悩にまみれた状態です。もし無明煩悩の病原を治さなければ、迷いの世界にとどまることになります。したがって、自力のさかしい智恵しか持ちえない私たちには、無明の毒を滅するはたらきをもつ薬が必要となります。
その救いの法薬は、阿弥陀さまが、苦悩の衆生をいのちをかけて救わずにはおられぬと、兆載永劫(ちょうさいようごう)という長い時間、絶えず真実清浄なる心でご修行され、説きつくすこともできない智慧や慈悲の徳を成就された結果、仕上がりました。それは、功徳をおさめた如来の名号、本願が衆生のものにまでなってくださった、本願成就の名号です。「南無阿弥陀仏」として衆生に施し与えられ、諸仏がたの讃嘆称名される音声(おんじょう)を通じて、十方世界に届けられていたのです。その救いの真実を、親鸞聖人が「よきひと」と仰がれた法然聖人は、

ただ念仏して、弥陀にたすけられまゐらすべし
(『歎異抄』第二条、『註釈版聖典』八二二頁)

と勧められ、親鸞聖人が歩まれた仏道の大きな転機となりました。

では、第十八願に誓われた真に救うのお心は、どのようにして衆生のものとなるのでしょう。それは、衆生においては、与えられた薬の飲み方といえます。『仏説無量寿経』巻下の第十八願成就文には、服薬の方法が語られています。お釈迦さまによるこの説明書には、

諸有衆生(しょうしゅじょう) 聞其名号(もんごみょうごう) 信心歓喜(しんじんかんぎ) 乃至一念(ないしいちねん)
『一念多念文意』、『註釈版聖典』六七七~六七八頁)
(諸有の衆生、その名号を聞きて信心歓喜せんこと乃至一念せん『註釈版聖典』二三六頁)

と語られ、この文を親鸞聖人は、「本願信心(ほんがんしんじん)の願(第十八願)成就の文」(『同』二三五頁)として重視されます。諸仏に讃えられ届けられた名号は、「聞く」というかたちで服薬せよといわれます。聖人は、それをより詳細に、

仏願(ぶつがん)の生起本末(しょうきほんまつ)を聞きて疑心(ぎしん)あることなし
(『教行信証』「信文類」、『註釈版聖典』二五一頁)

と述べられて、何をどのように聞くのかという聞き方をお示しです。阿弥陀さまが本願を起こされた理由(生起)と、その本願の因果(本末)を疑心なく聞くということです。
服薬した衆生においては、「信楽」の受持という真実信心一つが、如来の救いが私たち衆生のところではたらく要となります。その信相は、真白意味で仏に導かれることがなく、無始から未来においても迷い続ける現実の自身のいつわらざる姿を深く信知せしめられた「機の深信」と、本願真実の救いにまかせ、間違いなく浄土往生させていただけると深く信知せしめられた「法の深信」という、二種一具の信相です。また、本願にまかせて自力心を捨てた即座に、「ひとたびとりて永く捨て」(『浄土和讃』左訓)ずという摂取不捨の利益が恵まれるのです。
「本願力回向の信心」(『教行信証』「信文類士、「如来よりたまはらせたまひだる信心なり」(『歎異抄』後序)とは、このような味わいの中のお言葉となります。よきひとの「ただ念仏せよ」のお言葉を「ただ信心」といただかれ、念仏申されたのが親鸞聖人でした。

聞即信

親鸞聖人は、本願を聞くということを「聞名」として解釈されて、

「聞(もん)」といふは如来のちかひの御(み)なを信ずと申すなり。
(『尊号真傀銘文』、『註釈版聖典』六四五頁)

と、「聞」を解釈されるのに名号を信ずるという「信」をもって示されます。これは、第十八願成就文の「聞其名号」のご解釈と同じです。「名号」を「聞く」ということが「信心」であるということは、浄土真宗の信心の特質です。
古来「聞名」に三種の意義があるといわれます。一つには、名号を聞信するという凡夫に相応の「信」であるということ。二つには、「聞名」は「称名」に対する言葉で、聞名による真実信心は、私たちの称名の「行」に先立ち信前行後といわれます。逆に、第十七願によって讃嘆された「称名」を聞くという次第からすると、行が信に先立つこととなります。称名が称えものでありながら聞きものであるといわれる由縁です。三つには、「聞名」が凡夫自力の信心ではなく、名号のはたらきによって信心が発起するという如実の信心をあらわしています。
このように、本願に誓われた名号を念仏して助けてもらうのではなく、助かってくれと拝まれている阿弥陀さまの御名を「聞名」し信心を獲るのが、本願の救いの要であります。
(武田 晋)

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2018年2月 信心のさだまるとき 往生またさだまるなり

今ここでの救い

二月の法語は、親鸞聖人が関東から京都へ帰られて遷化(せんげ)されるまでに、関東各地の門弟に与えられたお手紙(御消息)で、『親鸞聖人御消息』からの一文です。そのお手紙のほとんどが、門弟の質問に対する返事や聖人の身辺のことです。
建長(けんちょう)(一二五一)年に書かれたこの于紙は、門弟の疑問に答えられた法語で、臨終の正念を祈り、有念・無念を沙汰することは、ともに浄土真宗の法義にかなわないことを教示されています。『末灯炒(まっしょうしょう)も同じお手紙が収録され、「有念無念(うねんむねん)の事」という表題が付加されていますので、法語として門弟に共有され、大切にされたものと考えられます。まず、その文をうかがいましょう。

信心(しんじん)定(さだ)まるとき往生(おうじょう)まだ定まるなり。      (「註釈版聖典」七三五頁)

と、信心が定まるその時に往生もまた定まると示されます。真実信心とは、阿弥陀さまが悩み苦しむ私たちを、慈愛に満ちた母のごとく受けとめて、「必ず救う、我にまかせよ」と願われたお心が如来の喚び声となり、その声をそのままに聞くことで、私たちの信心となります。すなわち、本願招喚の勅命たる名号のいわれを聞いて、疑いなく二心ない信心は、自力のはからいの心がすたれ、願力にまかせる心という信相です。「信心をいただく」といわれるのは、本願の上にすでに用意されてあった信心だからです。南無阿弥陀仏の名号は、衆生の心にあらわれて信心となり、川にあらわれて称名となるのです。
また、無上涅槃の真因が決定(けつじょう)した人は、法薬の効力が発揮され、ただ今から命終までも、また命終往生後も効力が失われません。苦悩に悩む私の人生が、阿弥陀さまの慈悲に出遇う時に、煩悩をかかえたまま抱き取られ、阿弥陀さまに抱かれた人生を歩み、さとりの世界に導かれていくこととなります。
親鸞聖人は、その利益を、この世において往生が決定し、大涅槃のさとりを開く念仏者には、「倶会一処(くえいっしょ)ともに一処で会う)」(『仏説阿弥陀経』)と再びお浄土で会える世界があります。それは念仏を喜んだ方々に待たれている世界でもあります。そして、お浄土で仏となられた方は、大いなる慈悲の心から迷いの世界で苦しみ悩む人びとを救いたいと、お浄土から今度は迷いの世界に還来(げんらい)され、を通して巧みに教化されているのです。
また、もし亡くなられた人が念仏にご縁がなく、迷いの境界に生まれ変わったのではないかと気にかかるようならぱ、まず私自身が念仏を喜び、亡き人も含め多くの方々が念仏のみ教えに遇えるように、仏法を後の世に伝えていくことも必要でしょう。
ところで、親鸞聖人は、平生(へいえい)に真実信心を獲た時に、往生成仏に必要な事柄が衆生のところですべて満足する、と理解されます。阿弥陀さまの金剛の信心を獲た人は、平生に阿弥陀さまの光明に摂め取られ護られていますので、問違いなく往生成仏することに定まっており、捨てられることがありません。臨終時に初めて信を獲る人もいるかもしれませんが、病苦などに苛(さいな)まれて、なかなか正しくみ教えを正受できるものではありません。「仏法は若い時にたしなめ」ともいわれますが、日頃の聴聞が大切な所以です。
しかも聖人は、臨終に仏の来迎を侍ち望む人については、

来迎(らいこう)は行往生(しょぎょうおうじょう)あり、自力(じりき)行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいふべし、いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。                        (『註釈版聖典』七三五頁)

と、他力の信心を獲ていない諸行による往生を願う人のこととしておられます。そのような人は、臨終の時に往生ができるかどうかを気にかけて嘆くことになるとされるのです。平生の獲信による往生決定を重視されたのでした。

臨終来迎たのむことなし

親鸞聖人のご臨終の様子は、その生涯の行蹟が記された「御伝紗(ごでんしょう)」に、

口に世事をまじへず、ただ仏恩のふかきことをのぶ。声に余言をあらはさず、もつぱら称名たゆることなし。         (『註釈版聖典』 一〇五九頁)

と、お釈迦さまの臨終のように頭北面西右脇(ずほくめんさいうきょう)に臥し、お念仏の息がたえたとされます。法然聖人のような臨終の瑞相もなく、臨終の来迎を期することを否定された親鸞聖人らしく、粛々とその様子が叙述されています。親鸞聖人晩年のお手紙には、「目もみえず候ふ。なにごともみなわすれて候ふ」(『親鸞聖人御消息』第十一通)とも述べられるように、九十歳というご高齢で老衰のようなご臨終であったかとも想像されます。
その聖人のご臨終に立ち会われた末娘の覚信尼さまは、葬儀後に母である越後の恵信尼(かくしんに)は、葬儀後にに父の死をお手紙で報じられ、何の瑞相もない臨終の様子を述べられたようです。お手紙に応えられた恵信尼さまの返信が残されていますが(「恵信尼消息」第一通)、そこには、殿(親鸞聖人)のご臨終がどのようであられても、浄土往生されたことは確かであると強調されています。
親鸞聖人以前の浄土教では、浄土へ往生する契機として、臨終時に仏・菩薩の来迎が待ち望まれました。来迎とは。仏・菩薩が修行者の臨終にこの世に来現して、死後に仏の世界に引導することをいいます。中でも阿弥陀仏の臨終来迎の思想は、「浄土三部経」のすべてにわたって説かれており、日本浄土教の発展に大きな役割を果たしてきました。六道輪廻への転生思想を背景として、迷いを超えた仏の世界への契機を望んでのことでした。
特に、臨終時の善悪の相は往生の可否につながると、臨終の行儀(儀式)や正念(迷いない帰敬の心や念仏)ということが重視されてきました。それは、比叡山で源信僧都を中心として結成された二十五三昧会という念仏結社の影響が大きいでしょう。
その念仏結社の発願文には、これまでいたずらに生死を繰り返してきたことを省み、ここに至ってさとりへの善根を植えなければならないと思い至ったとされ、幸い『仏説観無量寿経(ぶつせつかんむりょうじゅきょう)』には、五逆・十悪の悪人でも、臨終に善知識に導かれて念仏を十遍称えただけでも、八十億劫の生死の罪を消し、死後には極楽に生まれることができると説かれ、来迎は私たちの来世の証であるとされました。そこで、互いに契りを結んで善友となり、臨終には助け合って念仏させることを約束したのでした。
法然聖人においても、この臨終来迎思想は受容されています。それは、第十八願の念仏往生の利益として、第十九願に誓われた臨終来迎があると捉えられたからです。しかし、法然聖人の場合には、往生に必要な業事が満足するのは臨終に限ったことではなく、平生において決定往生の信の上に念仏申す時で、そのような人には必ず臨終来迎の利益があり、正念に住すとされたのでした。
さらに、親鸞聖人は、法然聖人を承けつつも、臨終に仏の来迎を期待するのは第十九願の自力往生を願う人のことであり、真実信心を獲た人は平生に往生成仏の因が決定し、阿弥陀さまの摂取不捨の利益にあずかっているので、臨終来迎を待つことも、たのむことも必要がないとされたのでした。恵信尼さまが覚信尼さまに、聖人の往生は間違いないと述べられた背景には、このようなご領解があったと考えられます。
(武田 晋)

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2018年1月 帰命ともうすは 如来の勅命に したがうこころなり

十字名号を解釈された文IMG_20171231_0011
一月の法語は、『尊号真像銘文(そんごうしんぞうめいもん)』からの一文で、天親菩薩の『浄土論』正式には『無量寿経優婆提舎願生傷(むりょうじゅぎょううばだいしゃがんしょうげ)』といい、『往生論』ともいう)冒頭の帰敬偈(ききょうげ)「世尊我一心(せそんがいっしん) 帰命尽十方(きみょうじんじっぽう) 無擬光如来(むげこうにょらい)」の「帰命」を解釈された一文です。まず、その文と現代語訳をうかがいましょう。

帰命と申すは如来の勅命にしたがふこころなり。  (『註釈版聖典』六五一頁)
(「帰命」とは「南無」であり、また「帰命」というのは阿弥陀仏の本願の仰せにしたがうという意味である。『尊号真像銘文(現代語版)』 一九頁)

『尊号真像銘文』の「尊号」とは、阿弥陀さまの尊い御名のことで、帰依礼拝の対象である本尊としての名号のことです。親鸞聖人は『唯信紗文意』に、

「尊号」と申すは南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)なり。「尊(そん)」はたふとくすぐれたりとなり。「号(ごう)」は仏に成りたまうてのちの御なを申す   (『註釈版聖典』六九九~七〇〇頁)

と述べられています。「真像」とは、真影ともいい、み教えを相承された印度・中国・日本の祖師方の絵像(肖像画)のことです。また「銘文」とは、それら尊号や真像の上下の添紙や色紙型に記された、経典’・論書・釈書などの大切な讃文をいいます。この文は、天親菩薩の絵像に対する銘文というよりは、「帰命尽十方無擬光如来」という十字名号(尊号)に対する銘文を解釈された文と考えられています。

「帰命」とは「南無」

天親菩薩は『浄土論』を造られるにあたり、自ら教主であるお釈迦さまの仰せに対して、阿弥陀さまのお救いを疑いなく信じ、まことの信心を頂戴したということを、「世尊我一心」と表明されています。

そして、その救いの仏である阿弥陀さまを「帰命尽十方無傷光如来」と礼拝・讃嘆されています。「尽十方」とは、仏の光明がいつでも、どこでも普く満ちわたっている状態を、「無磯」とは、衆生の煩悩や悪い行いにさまたげられない光の仏の徳のはたらきを讃えています。また、「光如来」とは、仏の智慧が光明の形をとったもので、凡夫のはからいを超えた絶対の徳をあらわして「不可思議光仏」ともいいます。
親鸞聖人はお手紙に

帰命は南無なり。無磯光仏は光明なり、智慧なり。この智慧はすなはち阿弥陀仏なり。阿弥陀仏の御かたちをしらせたまはねば、その御かたちをたしかにたしかにしらせまゐらせんとて、世親菩薩(天親)御ちからを尽してあらはしたまへるなり。     (『親鸞聖人御消息』第十三通、『註釈版聖典』七六三頁)

と、示しておられます。
もともと「南無阿弥陀仏」の「南無」とは、梵語すなわちインドの言葉ではナマス(ぶ日色、帰依・敬礼の意味ですが、善導大師は「南無」を「帰命」と解釈され、また浄土に参りたいという義(発願回向)があると示されました。また、「阿弥陀仏」という仏名に、衆生往生の行の徳が如来の手元にて成就され具わっている(即是其行)とされました。大師は、機根の劣っている十悪・五逆の悪人の称名念仏も、往生の行道に必要な願と行が具足したもので、命終後に直ちに往生を得ると主張されました。阿弥陀さまの大いなる本願のはたらきに乗じることこそが、最高唯一の凡夫往生の道として、仏の正意を明らかにされたのです。
まことの因果
私の子どもが小さい頃に、こんな質問をして困ったことがあります。
「お父さん、月にはウサギさんがいるんだよね?」
という純粋な質問に、夢を壊さないように、
「そうだねー、餅つきしているのかなっ」
と答えました。しかし、子どもも成長し科学的な知識が身についてきますと、その答えは嘘だったと気付いてきます。どうやら私たちは、その存在を科学的・実証的に証明しないと気がすまない教育を受けてしまったようです。
ところが、大人となった私たちは、目の前に見えるものや現実生活の中でのありのままの真実に気付かず、自己中心の心で物事を捉えています。そのため、思い通りにならないことで、悩み苦しむことが多々あります。一生懸命に幸福を求めて努力をしていたのに結果として不幸になり、悪い方向ばかりに向かう時があります。そうした経験をしますと、あれだけ科学的・実証的に物事を見ていた私たちに、突如道理の通らないことが頭をもたげてきます。現在でも崇りを恐れる信仰が盛んであったり、縁起の道理に合わない迷信が絶えないのも、その一例でしょう。
努力すれば幸福になる。誰しもそれを求めているのですが、私たちの求めている幸福は、無明煩悩にもとづく幸福であり、不幸という場合も無明煩悩にもとづく不幸なのです。お釈迦さまはそれを見ぬかれて、コ切は苦である」とあっしゃられました。そのお釈迦さまは、「無常」なる世に固定的な実体はないといわれ、「無我」なるさとりの境地を体得されて、縁起の道理を説かれたのでした。
親鸞聖人は『教行信証』「行文類」に曇鸞大師のお言葉を引用されて、その私たち凡夫の実体を次のように述懐されます。

いわゆる凡夫が修めるような善を因として、人間や神々の世界に生れる果報を得ることは、因も果もみな真如にかなっておらず、いつわりであるから、不実功徳というのである。  (『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』五二~五三頁)

と、煩悩に汚れた心で修した行為はさとりに適っていないもので、因も果もいつわりである。私たちの人間生活は、無明煩悩にもとづいた迷いの努力の積み重ねで、迷いの因果でしかないといわれます。
したがって、聖人は、顛倒・虚偽でない真実真如に順じた、如来の名号の救いの業因により、浄土往生の正しき因を頂戴してさとりの果に至るという、阿弥陀さまによる真実の因果の道理に、私たちを導かれたのです。
発遣・招喚の声と信順
親鸞聖人は、善導大師の解釈を承けられて、南無阿弥陀仏の「南無」は帰命という言葉であるが、「帰命」とは、お釈迦さまが「お浄土へ参れ」という勧め遣わす教法の声(発遣)と、阿弥陀さまの「帰命せよ」と招き喚ぶ本願の仰せ(招喚の勅命)である、と理解されます。また、二尊の教命により弥陀の本願大悲心の召しに適うという、勅命に信順した言葉として解釈されます。
『尊号真像銘文』のこの文は、「帰命と申すは如来の勅命にしたがうこころなり」と、如来より「帰命せよ」との招喚に信順し真実信心を頂戴した、衆生の立場からご解釈されています。
一方で、『教行信証』「行文類」では六字の名号をご自釈されて、「南無」とは、私の信順に先んじた如来の招喚する「帰せよ」の勅命で、如来がすでに因位の時に誓願を起こされ発願されて、衆生の行を回施された(「発願回向」)如来の大悲心とされます。また、それは如来が第十八願に誓われた行(「即是其行」)であると、六字の全体を阿弥陀さまの救いのお立場から解釈されています。
このように親鸞聖人は、釈迦・弥陀の勧めと喚び声に対して信順され、「帰命」と名号を称えて、浄土往生を願われたのでした。私たちは、天親菩薩が力をつくして示された仏さまの救いの御名を聞いて、阿弥陀さまの真実功徳が、まさにこの凡夫の世界に満ち満ち、いかなる時においてもその大悲の中に願われ生かされていることを知らねばなりません。その阿弥陀さまに信順するところに、間違いなく浄土に生まれさせていただける安心ができるのであります。                                 (武田 晋)

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2018年表紙のことば 阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなり

和語聖教を味わうご縁に
SA201801

二〇一八(平成三十)年の法語カレンダーでは、和語聖教を中心に、ともに味わうご縁とさせていただくこととなりました。
親鸞聖人のご書物には、漢文体で論述された『顕浄土真実教行証文類(けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい)』(『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』などと通称します)のほかに、一般にも親しみやすい平仮名や片仮名交じりで書き下された文体の和語聖教があります。
たとえば、法然聖人門下の先輩の書物である聖覚法印(せいかくほうぃん)の『唯信紗(ゆいしんしょう)』や隆寛律師(りゅうかんりつし)の『一念多念分別事』、これらをやさしく註釈された書物としては、『唯信紗文意』や『一念多念文意』など、数々の和語聖教が存在します。『一念多念文意(いちねんたねんぶんべつのこと)』の文末には、

都から遠く離れたところに住む人々は、仏教の言葉の意味もわからず、教えについてもまったく無知なのである。だから、そのような人々にもやさしく理解してもらおうと思い、同じことを繰り返し繰り返し書ぶつけたのである。ものの道理をわきまえている人は、おかしく思うだろうし、あざけり笑うこともあるだろう。しかし、そのような人からそしられることも気にかけず、ただひたすら教えについて無知な人々に理解しやすいようにと思って、書き記したのである。             (二念多念文意(現代語版)』四○~四一頁)

と、記されています。仏教の難しい言葉や意味をやさしく理解してもらおうと、同じことが繰り返し繰り返し書かれています。
そこには、親鸞聖人による読み手への数々のご配慮がなされています。その特徴をいくつか挙げますと、まず解釈されている経典や論書などの漢文には、読み方を示す振り仮名がつけられています。また、それをどのように読み下し訓読するのかが示されて、語句の一つ一つの意味が詳細に註釈されています。そして最後に、全体がまとめられるという構文となっています。そのほか、読み間違いや意味の取り間違いがないように、文章が区切られながら書かれており、その間に朱筆で区切りも示されています。漢字の語句の左には、その語句の意味などが記されており(左訓)、解釈の上でも重要な手掛かりとなります。このように、関東のご門弟などに宛てて送られた和語聖教は、聖教の読み方とその意味を取り間違わないように、数々の配慮がなされ、今日の私たちが親鸞聖人のご解釈をうかがう上でも助けとなるものです。まさに懇切丁寧な文書伝道であります。
極楽は無為涅槃の界なり
それでは、法語カレンダーの月々のことばを通して、和語聖教を味わわせていた

阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなり   (『註釈版聖典』七一〇頁)

表紙に挙げるこの言葉は、『唯信紗文意』の中で、七高僧のお一人、中国の善導大師(ぜんどうだいし)の『法事讃(ほうじさん)』巻下の供頌(げじゅ)の一部、

極楽無為涅槃界(ごくらくむいねはんがい) 随縁雑善恐難生(ずいえんぞうぜんくなんしょう)
故使如来選要法(こしにょらいせんようぽう) 教念弥陀専復専(きょうねんみだせんぶせん)       (『註釈版聖典聖典』七〇九頁

極楽は無為涅槃の界なり。随縁の雑善おそらくは生じがたし。ゆえに如来、要法を選びて、教へて弥陀を念ぜしめて、もつぱらにしてまたもつぱらならしめたまへり 『唯信抄文意(現代語版)』ニー百)

という文を解釈された一文です。冒頭の句である「極楽無為涅槃界」を解釈された最後に、「しかれば、阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなりとしるべし」と教示されたお言葉です。聖人はこの文を重要視されたようで、『教行信証』「真仏上文類(しんぶつごもんるい)」と「化身上文類(けしんどもんるい)」に引用されており、お浄土の世界や仏身に関する重要な文であることがうかがえます。
「極楽」とは、『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』を翻訳された鳩摩羅什(くまらじゅう)以後の訳出語でありますが、阿弥陀仏の安楽浄土で楽しみが絶えることなく、苦しみがまじわらない国を意味します。曇鸞大師(どんらんだいし)は「安養(あんにょう)」、天親菩薩(てんじんぼさつ)(世親菩薩)は「蓮華蔵世界(れんげぞうせかい)」「無為(むい)」ともいわれています。また、煩悩の迷いを転じてこの上ない涅槃のさとりを開く世界ですので、「涅槃界」ともいわれます。
そのほかに、「涅槃」はまた煩悩の滅したさとりの境地から「滅度」、常に変わることのない真実で「無為」、さとりの大楽で「安楽」、常住の大楽で「常楽」、真実のありさまで「実相」、真理としての仏陀で「法身」、あらゆるものの本性で「法性」、ありのままの真理で「真如」、唯一絶対の真理で「一如」、仏陀の本庄で「仏性」ともいわれ、その真理に到達し真理のさとりの世界から迷いの境界に来たれるもので、「如来」ともいわれます。
一如の世界から形をあらわす
ところで、仏教では私たち衆生には、仏になる種(仏種性)があるとし、『涅槃経』には「一切衆生悉有仏性」と、すべての生きとし生けるものに仏になる可能性があるとします。
しかしながら、親鸞聖人は衆生の自力成仏の可能性について、

安養浄刹(あんにょうじょうせつ)は真の報土(ほうど)なることを顕(あらわ)す。惑染(わくぜん)の衆生(しゅじょう)、ここにして性を見ることあたはず、煩悩に覆はるるがゆゑに。
(『教行信証』「真仏土文類」、『註釈版聖典』三七〇圭二七一頁)

と、衆生が仏性を開顕するために、戒律や禅定によりこの世で成仏を求めることを否定されます。阿弥陀さまのはたらきに依るなかに、私たちの往生成仏の可能性をみていかれます。
本来は、色もなく形もない、真実・無為・法身ともいわれるさとりの世界は、迷いの境界を抜け出せない衆生を見抜かれて、さとりの智慧が深い大慈悲に催されてはたらきだします。このさとりの世界から形をあらわして、方便のすがたを示して法蔵菩薩と名のられ、微塵世界に満ちみちる一切の迷いの存在を救わんがために誓願を建立されて、仏と成られたのが阿弥陀さまです。
阿弥陀仏の智慧と光明
「阿弥陀仏」は梵語のアミターバ(Amitabba、光明無量)、あるいはアミターユス(amitayus`、寿命無量}の音写語で、どちらの語もその語源であるといわれています。阿弥陀さまの誓願の第十二願にもとづく光明無量は、仏のさとりの智慧が光明として限りなくはたらく有り様を意味し、第十三願にもとづく寿命無量は、そのおさとりの寿命が限りないという、救いの慈悲の本質を意味しています。
親鸞聖人は、阿弥陀さまとお浄土を表現される時に、そのはたらきの側面を重視されています。阿弥陀さまを、天親菩薩の理解にもとづいて「帰命尽十方無優光如来(ききょうじんじっぽうむげこうにょらい)」、曇鸞大師の理解にもとづいて「南無不可思議光仏(なもふかしぎこうぶつ)」と名づけられ、その浄土を異訳の大経である『平等覚経(びょうどうがくきょう)』に草づいて「無量光明土」と示されています。
さとりの世界である涅槃の境界は、煩悩に眼をさえぎられている衆生には到底認知できる世界ではありませんが、逆にさとりの智慧は、救いのはたらきをなす時に「光明」という形となって、衆生にはたらきかけます。それはけっしてさとりの智慧と別ものではありません。『浄土和讃』「大経讃」には、

無擬光仏のひかりには
清浄・歓喜・智慧光
その徳不可思議にして
十方諸有を利益せり               (『註釈版聖典』五六六百)

と、そのお徳を讃えられるように、「かさばり・いがり・おろかさ」という三毒の煩悩にまみれた衆生を救わんとする手だてとして、智慧は光明としてはたらいているのです。
しかもそのはたらきは、私たちの認識できる形としては、救いのはたらきを名とされた仏さま、すなわち「名号」として、さとりの智慧を離れずしておはたらきになっているのです。
(武田 晋)

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2017年12月 弥陀の回向の御名なれば 功徳は卜方にみちたまう

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今月のご法語は「悲嘆述懐讃」の中にあります。『正像末和讃』の中に「悲嘆述懐讃」は十六首あり、はじめの六首は末法の時代や人間のあり方を深く悲嘆され、仏法に帰すべきであることを示される和讃が説かれています。そして、今月のおことばをいただいたご和讃からの三首は、親鸞聖人ご自身に真実がないことを告白され、不真実の身であるからこそ、本願の教えに帰すべきであることが強調される内容になっています。その三首のはじめで、

無漸無愧のこの身にて
まことのこころはなけれども
弥陀の回向の御名なれば
功徳は十方にみちたまふ             (『註釈版聖典』六一七頁)

(罪を恥じる心がないこの身には、まことの心などないけれども、阿弥陀仏があらゆるものに回向してくださる名号であるから、その功徳はすべての世界に満ちわたっている。「三帖和讃(現代語版)」 一八三頁)

と示されており、親鸞聖人が、ご自身に罪を感じる心や真実の心がないことを告白されながらも、実は真実心がないことに気付けたこと自体が、阿弥陀さまによって回向された名号の功徳がすべての世界に満ちわたっているあかしであるという感動をうたわれたものと、味わってもよいのではないかと思います。
冒頭の「無慟無愧」について、「涅槃経」では、

慟(ざん)はみづから罪を作らず、傀(き)は他を教へてなさしめず。慟(ざん)はうちにみづから羞
恥(しゅうち)す、愧(き)は発露(はつろ)して人に向かふ。慟(ざん)は人に羞(は)づ、愧(き)は天に羞(は)づ。
(「教行信証」「信文類」引文、「註釈版聖典」二七五頁)

と説かれています。これまでたくさんの解釈が示されてきているのですが、「漸」は、自らを省みて恥ずかしく思う心であり、「愧」は、他に対して恥ずかしく思う心のことだと考えられています。親鸞聖人は、「漸」と「愧」の二つともが備わっていないということで「無漸無愧」とおっしゃっているのですから、よほど強い思いで自らを徹底した反省ができない存在だと自覚しておられたのでしょう。 親鸞聖人は、ご自身が「無傷無愧」であることの理由について、その著書のいたるところに、「愚僑慢の悪衆生」「機悪の含識」といった自己中心的にしかものを考えない愚悪を抱えた存在だからであるとの表現を多くされています。
同じ『正像末和讃』の冒頭では、

浄土真宗に帰すれども
真実の心(しん)はありがたし
虚仮不実(こけふじつ)のわが身にて
清浄の心もさらになし             (「註釈版聖典」六一七頁)

(浄土の真実の教えに帰依しているけれども、このわたしがまことの心をもつことなどあり得ない。嘘いつわりばかりのわが身であり、清らかな心などあるはずもない。「三帖和讃(現代語版)」 一八二頁)

とおっしゃっておられるように、真実の教えに帰依すればするほど、わが身の不真実な部分が見えてきて、自分の生まれ持ったものとしての清らかな心がまったくないことを告白されています。そのような人間の姿を「一念多念文意(いちねんたねんもんい)」の中では、

「凡夫(びんぶ)」といふは、無明煩悩(むみょうぼんのう)われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終(りんじゅう)の一念(いちねん)にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず        (「註釈版聖典」六九三頁)

(「凡夫」というのは、わたしどもの身には無明煩悩が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、まさに命が終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもなく、絶えることもない「一念多念文意(現代語版)」三七頁)

とお示しになり、人間の内面を深く考えていけば、自己中心的な思いを根源として、怒りや腹立ちの心、他と比較してそねみやねたましく思う心が、命が終わるその一瞬まで消えずに次々とわきおこってくるので凡夫というのだ、とおっしゃられています。 親鸞聖人にとって、仏教の教えに出遇うということは、ご白身の悪性をその極みまで思い知らされるといった経験を必ず伴うものであったということができるでしょう。まさに親鸞聖人が歩まれた人生は、生身の人間が具体的現実を仏法にもとづいて、常に自らの欲望を省みながら生きる仏道そのものであったということを、雄弁に物語っているといえます。しかし、親鸞聖人における煩悩にまみれた存在であるといった凡夫の自覚は、ただ単に人間を悪なる存在だとして認識するだけにとどまるものではありません、。

反省と救いの体験

親鸞聖人は信心の内容を解説する中で、二腫深財(にしゅじんしん)について、

〈深心〉といふは、すなはちこれ深信(じんしん)の心なり。また二種あり。一つには、決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死(ざいあくしょうじ)の凡夫、礦劫(こうごう)よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離(しゅつり)の縁あることなしと信ず。二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願(しじゅうはちがん)は衆生(しゅじょう)を摂受(しょうじゅ)して、疑(うたがい)なく慮(おもんばか)りなく、かの願力(がんりき)に乗じて、さだめて往生を得と信ず。    (「註釈版聖典」ニー七~二一八頁)

(深心というのは、すなわち深く信じる心である。これにまた二種がある。一つには、わが身は今このように罪深い迷いの凡夫であり、はかり知れない昔からいつも迷い続けて、これから後も迷いの世界を離れる手がかりがないと、ゆるぎなく深く信じる。二つには、阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂め取ってお救いくださると、疑いなくためらうことなく、阿弥陀仏の願力におまかせして、間違いなく往生すると、ゆるぎなく深く信じる。「顕浄上真実教行証文類(現代語版)」 一七二~一七三頁)

といわれています。ここでは、自らの悪性が強く迷いの世界から離れがたい身であることを自覚すればするほど、同時に阿弥陀さまの救いのうちにあり、往生が定まった身であることが自覚されてくるということを説いていらっしゃいます。つまり、親鸞聖人の説かれる信心には、わが身の悪性を深く反省するという経験と、悪性に気付かなかった自分が阿弥陀さまのはたらきにより悪性に気付ける身とならせていただいたという救いの経験という、二つの側面が備わっているということがわかります。

往生ねがふしるし 世をいとふしるし

親鸞聖人は、晩年に関東の門弟の方々に対して書かれたお手紙の中で、こうした信心を得てお念仏の教えにもとづいて生きるようになった人には「しるし」があらわれてくる、と説かれています。

としごろ念仏して往生ねがふしるしには、もとあしかりしわがこころをもおもひかへして、とも同朋にもねんごろにこころのおはしましあはばこそ、世をいとふしるしにても候はめとこそおぼえ候へ。よくよく御こころえ候ふべし。                 (「親鸞聖人御消息」「註釈版聖典」七四二頁)

(長年の間念仏して往生を願うすがたとは、かつての自らの悪い心をあらためて、同じ念仏の仲間とも互いに親しむ思いを持つようになることです。これが迷いの世界を厭うすがたであろうと思います。十分にお心得ください。「親鸞聖人御消息 恵信尼消息(現代語版)」 一四頁)

このように、お念仏の教えに生きるようになった人には、これまでの自己中心的な生き方を深く反省して、ともに念仏の教えに生きようとする方々を大切にし合おうとする新たな生き方がはじまり、「往生ねがふしるし」があらわれると説かれています。さらに、「往生ねがふしるし」は「世をいとふしるし」でもあるとおっしゃられています。「世をいとふしるし」について、「親鸞聖人御消息 恵信尼消息(現代語版)」では、「迷いの世界を厭うすがた」と訳されています。

念仏の教えに出遇い往生を願いながら生きる人には、わが身を深く顧みて自己中心的な発想からつくりだされているものを、悪性として反省するようになる「しるし」があらわれます。つまり、人間の自己中心的な悪性が積み重ねられることでっくりあげられている、現実社会での差別や戦争などを社会的悪と見ぬき、現実が「迷いの世界」であることを自覚して、その「迷いの世界」にどっぷりとつかりきった生き方からどうにか抜け出そうとする生き方が、「世をいとふしるし」としてあらわれてくるとおっしゃられているのです。
今月のお言葉では、

弥陀の回向の御名なれば
功徳は卜方にみちたまう

と説かれていました。このお言葉の前には、「無傷無愧のこの身にて まことのこころはなけれども」という前置きのお言葉がありました。つまり、今月のお言葉は、弥陀回向のみ名である名号が回施されることで、すでに功徳が十方に満ちている結果として、真実の方向に向くはずもなかった私の人生が、百八十度ひっくり返って真実の方向をむかって歩みをはじめたことで、「無傷無愧」である我が存在の不真実さをしり、「迷いの世界」を抜け出し、弥陀の願いに生きようとしはじめる二つの「しるし」があらわれてきたことをよろこばれたお言葉だと考えることができます。

智慧と慈悲

かつて龍谷大学の学長をされていた二葉憲香先生は、子どもたちに向けて宗教全般についての話をされる中で、

人間はだれでも、自分中心に考え、行動する性質をもっています。それは自分を防衛する本能というようなものでしょう。(中略)
人は、他人に親切にすると、ほめられたくなったり、むくいをもとめたりします。よいことをすると、うぬぼれます。親切にしてやったのに恩知らずだといって、非難します。それはやはり、自分中心の考えかたのあらわれで、親切にするのも自分のためなのです。(中略)

このような、人間の自己中心的な考えや行動をあらためていくためには、人間自身をよくみきわめる知恵と、それにもとづいた、人をいつくしむ心がなければなりません。そのためにあらわれたのが、人格をつくりなおすための宗教なのです。

人間の自己中心のとらわれからはなれ、正しい知恵と慈悲の人格をつくりあげること、つまり仏(真理をさとった人)になることを教えるのが仏教です          (「宗教のはなし」『二葉憲香著作集』第七巻、六七~六八頁)

と話をされています
このお話と合わせて今月のお言葉を味わいますと、親鸞聖人が、弥陀回向の名号のはたらきが満ち満ちていることで人間自身をよくみきわめる智慧を授かり、「無漸無愧」で自己中心的な自分の悪性にであい、その自己中心的な生き方を転回させて、念仏の仲間とも互いに親しむ思いを持つ慈悲心をもった生き方を願うようになることを、功徳として慶ばれていることがわかります。 このご和讃をいただく時、阿弥陀さまの功徳がすでにI万に満ち満ちていることで、離れがたき悪性を厭う人間の生き方が誕生することを示され、この念仏者の具体的な生き方を功徳として示してくださった尊いお言葉だと、感謝せずにはおられない気持ちになります。

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2017年11月 信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ

あらゆる生きものへの慈しみIMG_20171030_0014

私の奉職する筑紫女学園大学には、週に一度、驚くべき時間があります。それは、講義が行われる期間の毎週水曜日のお昼休みに開催されている「礼拝アワー」という時間です。はじめに参加者全員で「重誓偈」をお勤めして、その後、教員や学生などさまざまな方が担当して十分程度の感話を行い、それを参加者全員で拝聴するという、全体で十五分足らずの時間です。驚くべきこととは、全くの自由参加であるにもかかわらず、必ず毎回、五十人以上、多い時には百人以上の学生さんや教職員の方々が参加してくださっているということです。奉職した年、「礼拝アワー」に出席するたびに、たくさんの学生や事務職員の方の姿を見ては、本当にこの大学は、仏教関係の講義を担当する人だけではなく、すべての教職員さんや学生さんまでも含めて、仏教・浄土真宗を大切にする空気があるのだなと感動したことを記憶しています。
私にとって「礼拝アワー」の時間は、貴重な学びの時間でもあります。さまざまなジャンルの専門家の先生方や学生さん方が、それぞれ日頃考えていらっしゃることなどをお話ししてくださるのです。毎回毎回、知らないことばかりで目からうろこが落ちるような話や、思索の深さに驚かされたりと、新鮮な気持ちを取り戻せる時間です。
ある日、福祉を専門とされている先生がされたお話の中で、愛知県にある児童養護施設、暁学園のことを、「この学園で実践されている願いが、仏教・浄土真宗の教えを基礎とした筑紫女学園大学での学びの根底にもあるべき考え方だと思います」と言って紹介されました。
暁学園は、最後の節談(ふしだん)説教師といわれる真宗大谷派の僧侶、祖父江省念(そぶえしょうねん)師の次男、祖父江文宏師によって設立されました。祖父江文宏師は、「子ども」を尊重して「小さい人」と呼び、人生をかけて虐待や差別などの暴力から子どもたちを保護されました。その姿勢が子どもたちにも伝わり、「園長すけ」と愛着をもって呼ばれていたそうです。

あなたのなかの ほとけさまが
わたしのなかの ほとけさまに
微笑みかける
いのちはいつも
愛としてはたらく              (『詩集 残された時間』六三頁)

と詠まれた一篇の詩からも、仏教・浄土真宗の教えをペースとした、祖父江師の子どもへの深い愛情と慈しみのまなざしを知ることができます。さらに、祖父江師が生涯をかけて携われていた児童養護施設、暁学園のホームページ冒頭には、こうした言葉が掲載されています。

いま 忘れてはならないこと
食べている君の後に  餓えている六人の小さい人が

笑っている君の後に  病んでいる六人の小さい人が
君が生きる一分の間に  死んで往く二十五人の小さい人がある

戦争のための道具一口分で  世界中の小さい人が学校に行けるという事実だ

イマージュを世界に放て  想いを人間に馳せろ

君が創る時代は  弱い人が、とりわけ小さい人が
社会のてっぺんで  人間らしく生きられる時代だ
(社会福祉法人積善会 児童養護施設暁学園 ホームページ)

尊くも生まれてきた子どもたちであるにもかかわらず、「暁学園の七十五パーセントの小さい人たちは大人からの暴力を受け、その傷に苦しんでいることを悲しみ、さらには「暴力を振るってしまった大人もまた、受けた暴力から立ち直れない人たち」だと想像し慈しむ祖父江師の姿勢に、仏教徒・念仏者としての社会へのまなざしのあり方を学ばせていただくような気がします。
「慈しみの心を持つ」ということは、他の存在への思いやりの心や愛情として、さまざまな宗教で説かれています。その中で仏教の大きな特徴は、その慈しみの心が単に人間同士だけではなく、あらゆる生きとし生けるものへと想像をひろげている点にあると考えられます。『南伝大蔵経(なんでんだいぞうきょう)』の中に収められている『スッタニパータ』という経典には、

いかなる生物生類(いきものしょうるい)であっても、怯(おび)えているものでも強剛(きょうごう)なものでも、悉(ことごと)く、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大(そだい)なものでも、
目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、
一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。
(中村元訳『ブッダのことばIスッタニパーター』、岩波文庫三七頁)

と説かれ、お釈迦さまが、すべてのいのちとのつながりに目覚める智慧のまなこに立って、できる限りの慈悲の心をひろげ、あらゆるいのちあるものが幸せであることを願おうとされる姿がしるされています。この経典から、すべてのいのちのつながりに目覚め智慧をえたものは、必ず慈悲心をおこし実践することを学ぶことができるのです。

願作仏心 度衆生心

今月のご法語は、『正像末和讃』の第三十四番目のご和讃、

釈迦(しゃか)・弥陀(みだ)の慈悲(じひ)よりぞ
願作仏心(がんさぶっしん)はえしめたる
信心(しんこん)の智慧(ちえ)にいりてこそ
仏恩報(ぶっとんほう)ずる身(み)とはなれ              (『註釈版聖典』六〇六頁)

から引用されています。『三帖和讃(現代語版)』では、

釈尊と阿弥陀仏の慈悲により、仏になろうと願う心すなわち願作仏心を得させていただいた。信心の智慧を得ることで、はじめて阿弥陀仏のご恩に報いる身となるのである。                        二五〇頁)

と訳されています。先ほど紹介した、お釈迦さまの説かれる慈悲の心が私たちに弥陀法として回向されることで、本来、仏になってすべてのいのちを救いたいなどとは願わないはずの私たちが、願作仏心をえることで信心の智慧があたえられ、仏の恩に報いる生き方があらたに始まる、とおっしゃられているのです。願作仏心については、同じ『正像末和讃』で、

浄土(じょうど)の大菩提心(だいぼだいしん)は
願作仏心(がんさぶっしん)をすすめしむ
すなはち願作仏心(がんさぶっしん)を
度衆生心(どしゅうしょうしん)となづけたり             (『註釈版聖典』六〇三頁)

(浄土門では大いなるさとりを求める心を説いて、仏になろうと願う心すなわち願作仏心を勧めている。この心はそのまま、あらゆるものを救おうとする心すなわち度衆生心ともいわれている。『三帖和讃(現代語版)』 一四三頁)

と説かれ、願作仏心はそもそも浄土の大菩提心であり、その心は願作仏という側面と、度衆生という側面を持っているのだと示しておられます。
親鸞聖人はこの願作仏心について、

他力の菩提心なり。極楽に生れて仏にならんと願へとすすめたまへるこころなり
弥陀の悲願をふかく信じて仏にならんとねがふこころを菩提心とまうすなり
(『註釈版聖典』六〇四頁)

と、阿弥陀さまの法にうなづくことで、私たちが煩悩の身でありながらも、仏となりたいと願う願作仏心のことを菩提心というと、左訓をふって解説していらっしゃいます。
次に願作仏の心のもう一つの側面、度衆生の心については

よろづの有情(うじょう)を仏になさんとおもふこころなりとしるべし      (同頁)

と、すべての生きとし生けるものを仏にしたいと願う心であると、左訓で紹介されています。自らが仏になりたいと願う心は、他の存在を救いたいと願う心でもあると教えておられるのです。つまり、阿弥陀さまよりたまわる大菩提心は、私たちが仏になりたいと願う心(願作仏心)であり、すべてのいのちを救いたいと願う心(度衆生心)でもあるということなのです。

いのちのつながりに目覚める智慧

こうしたことを踏まえて、再度今月のご法語、

信心の智慧にいりてこそ
仏恩報ずる身とはなれ

をいただいてみましょう。
親鸞聖人は、阿弥陀さまやお釈迦さまの慈悲心によって、大菩提心である願作仏心をたまわった人間は、すべての生きとし生けるものを仏にしたいと願う信心の智慧を同時にたまわるのだから、本当に仏の恩に報いる生き方がどのようなものかを知ることができる、とおっしゃりたかったのでしょう。別の表現をすれば、これまで救いのうちにありながらも、そのことに気付かなかった私たちが、あらためて救われることが決まっている尊い存在としての自覚を持ち、すべての生きとし生けるものとともに生きている事実に目覚める智慧をいただく身となるならば、これまで恩に報いることを考えなかった存在が、恩に報いる生き方を考えるようになるということでもあります。
ここで説かれる智慧の内容を、先はどの『スッタニパータ』の言葉と照らし合わせて考えてみたいと思います。お釈迦さまは「一切の生きとし生けるものは幸せであれ」と、自らとともに生きているさまざまないのちのつながりに目覚め、その幸せを願うようになることが仏法に目覚めた智慧あるものの願いだ、と説かれていました。つまり、智慧を得るとは、他のすべての生命に共感する力を得るということだといえるでしょう。他のすべての生命へ共感する力は、他のすべてのいのちの悲しみへの想像力を前提とします。悲しみへの想像力は、自分だけがよい思いをしていればよいといった欲望を満たすことばかり考えている生き方からは生まれてはきません。仏法に出遇えば、自己中心的な自分から生まれてくるはずがない、他のすべてのいのちの悲しみへの想像力が生まれてくる経験をするというのです。
これを親鸞聖人のお言葉で考えるならば、そもそも自分にはないはずの智慧にもとづいた慈悲心が、阿弥陀さまからあたえられてそなわる経験、回向された信心の智慧だといいかえることができるでしょう。だから、救われているという自覚が仏の恩を知ることにつながりますから、「仏恩報ずる身」としてその恩に報いていく生き方がはじまるということなのです。
先に紹介した祖父江文宏師の活動は、まさに「信心の智慧」をいただくことで「仏恩報ずる身」となられた結果だったといただくことができます。最後に、暴力と長年向き合ってこられた祖父江師の言葉を、ご紹介させていただきます。

人が暴力に頼るのは、人間関係の持ち方の良し悪しではなく、人間関係を求めざるを得ない人間の存在自体に、理知でしか生きられないという、暴力を生む芽があるのです。芽が暴力という表現に育ってしまうかどうかは、その人が育ってきた道筋、環境、現在の人間関係等が複合的に絡み合ってのことです。ことはいつも、人でない特別な人が起こすのではなく、私もまた、起こすかもしれないものであるということなのでしょう。(中略)だからこそ弱者に身を添わす、傷ついた者の支援者になるということです。
(『悲しみに身を添わせて』 一〇六頁)

自分の都合に左右されがちな私たちですが、この祖父江師の弱者の立場に立ち続けようとする姿勢に学ぶべき部分が少なからずあるのではないでしょうか。そのことが、私自身が「信心の智慧」をいただき、「仏恩報ずる身」となることの入口の一つに立つことのように感じられるのです。

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2017年10月 ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなうべし

末法という時代IMG_20170929_0014
九月から十二月の法語は、『正像末和讃』からのお言葉です。「今の世の中は末法だ」とか「世も末だ」といった言葉を耳にすることがありますが、こうした表現の下地となった末法という時代の捉え方を背景にお書きになられたご和讃です。ですので、時代背景なども考慮しながら味わわせていただくためにも、この「正像未」という言葉について、ご紹介させていただきます。
仏教における歴史の見方に、時代を正法・像法・末法の三つに分ける三時思想というものがあります。お釈迦さまが亡くなられて五百年間は、お釈迦さまの説かれた正しい教え(教)と正しい行い(行)があることで、さとりにいたる人があらわれる(証)ことから、正法の時代とされます。その後の千年間は、正しい教え(教)と正しい行い(行)はあるけれども、さとりにいたる人があらわれてこない像法の時代と考えられていました。正法の時代と像法の時代を合計した千五百年が過ぎた後は、正しい教えはあるがそれを理解できる人がいなくなり、行も証もすたれてしまうと考えられ、末法の時代が一万年続くと考えられていました。このように、お釈迦さまが亡くなられてから時代が過ぎるとともに仏教が衰微していく状況を、正・像・末の三時代に分けて考えていたのです。
親鸞聖人が幼年期から青年期を過ごされた時代は、貴族がみやびやかに政治を行っていた平安の世から、源頼朝などの武士が台頭してきて戦乱にあけくれる世の中へと、歴史状況が大きく変化していった時代です。

祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響あり。娑羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)のことわりをあらはす。奢(おご)れる人も久しからず、唯(ただ)春の夜の夢のごとし。たけき者も遂(つい)にはほろびぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ。
『平家物語』巻第一 「祇園精舎」、岩波文庫一四頁)

これは、たいへん有名な『平家物語』の一節です。武家政権として、一時は平時忠が「平家にあらずんば人にあらず」というほどに圧倒的な勢力を誇っていた平家一門ですが、時の流れの中で「奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし」といわれるほどの末路をたどり、空しくも滅亡していったのです。こうした『平家物語』で描かれる世の中のほかなさや空しさを、多くの人たちが実感をもって受けとめていた時代だったことがわかります。現実社会で栄枯盛衰する出来事と仏教での末法という時代認識とがぴったりと重なり、僧侶だけではなく、広く一般の人々までもが、「すでに末法に入っているから、さとりをひらいて救ってくれる存在はいないのだ」といった意識を持ち、末法という仏教的な時代認識がひろく共有されていたと考えられています。
正像末という時代の変わり目についての計算方法については、千五百年説、二千年説などいくつか立場があるのですが、親鸞聖人は末法に入った時期について、

正法・像法・末法の三つの時代が説かれた教えについて考えると、釈尊の入滅された年代は、周の第五代穆王の五十三年にあたっている。その年からわが国の元仁元年に至るまで二千百七十三年を経ている。また『賢劫経』『仁王経』『涅槃経』などの説によると、すでに末法の時代に入ってから六百七十三年を経ているのである。 (『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』五三七~五三八頁)

と述べられており、紀元前九四九年をお釈迦さまが亡くなられた年として計算されたうえで、正法五百年、像法千年の説を主に使用されていたようです。この『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)で年代計算の基準として書がれている元仁元年が西暦コーニ四年ですから、お釈迦さまが亡くなられてから二千百七十三年たち、すでに末法の世に入ってから六百七十三年たっていると書かれていますので、親鸞聖人は西暦五五二年に末法の世に入ったと考えていらっしゃったことがわかります。
こうした出口が見つからないほどの混迷を極めた時代だといった実感とともに、ひろく一般の人々にも末法思想が共有されていた時代状況の中で、親鸞聖人は末法の時代に最もふさわしい教えとして浄土真宗をお説きくださったのです。その中で、とくに末法の世における仏教者のあり方をお示しくださっているのが『正像末和讃』です。
唯一の救われる道
今月のご法語は、『正像末和讃』第五十四番目の、

弥陀大悲(みだだいひ)の誓願(せいがん)を
ふかく信ぜんひとはみな
ねてもさめてもへだてなく
南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)をとなふべし (『註釈版聖典』六〇九頁)

から引用されています。現代語訳では、

阿弥陀仏の大いなる慈悲の本願を深く信じる人は、みなともに寝ても覚めても変りなく南無阿弥陀仏の名号を称えるがよい。 (『三帖和讃(現代語版)』 一六〇頁)

とされています。
親鸞聖人ご自身も、末法の時代だと肌身をもって実感しておられたことでしょう。『正像末和讃』の「悲嘆述懐讃」では、

五濁増(ごじょくそう)のしるしには
この世の道俗(どうぞく)ことごとく
外儀(げぎ)は仏教のすがたにて
内心外道を帰敬せり (『註釈版聖典』六一八頁)

(さまざまな濁りに満ちた時代の中で、この世の出家のものも在家のものもみな、仏教を信じるものであるかのように振る舞いながら、内にはそれ以外の教えを敬い信じている。『三帖和讃(現代語版)』 一八五頁)

と、現実での宗教状況を悲しまれています。ここで聖人は、人間のエゴイスティック(自己中心的)な煩悩を反省する宗教としての仏教がすたれてしまい、煩悩がドンドンと肥大化していると述べられています。そしてこのような時代にあっては、飢饉や戦争などが増大する時代の汚れや、邪悪な思想がはびこるなどの思想の乱れが進み、人間の資質が低下し、悪を思うままに行うようになるといった五濁がますます増えている「しるし」があると説かれています。その「しるし」とは、僧侶も一般の人も誰しもが、仏像を拝んだりして一見すると仏教を信奉しているようだけれども、その信奉している中身はまったくエゴイズムを反省する仏教的なものではなく、内心にあるエゴイズムの満足ばかりを〈仏のような神〉に祈る外道に帰敬している姿のことだ、と説かれているのです。
うした当時の社会において、仏教が正当に理解されていない事実に対する親鸞聖人の悲しみが、同じ「悲嘆述懐讃」の中で、

かなしきかなやこのごろの
和国の道俗みなともに
仏教の威儀(いぎ)をもととして
天地の鬼神(きじん)を尊敬(そんきょう)す (『註釈版聖典』六一八頁)

(何と悲しいことであろう。近頃の日本の出家のものや在家のものは、みな仏教を信じるものであるかのように振る舞いながら、天地の鬼神を尊び敬っている。『三帖和讃(現代語版)』 一八七頁)

と示されているのです。
ひたすら仏教者としての正しい生き方を求めて生きておられた聖人を、何度も何度も、時の権力者などとも強いつながりのあった既成仏教教団の偉い僧侶たちが中心となって、弾圧をしてくるのです。その理由は、親鸞聖人が、

仏に帰依せば、つひにまたその余のもろもろの天神に帰依せざれ
(『教行信証』『註釈版聖典』四二九頁)

(仏に帰依するなら、決してその他のさまざまな天の神々に帰依してはならない『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』五六二頁)

と、神を拝むことに疑問をもたない生き方と仏の願いに生かされる生き方との違いを明確に意識しておられ、仏教に帰依したあかしとして、神を拝まない生き方が始まることを生活の中で実践されていたからです。親鸞聖人にとっての末法という時代認識は、多くの人たちに「仏教が仏教として理解されていない」といった、ご自身が生きておられる生身の人生の中で実感されていたものであったと考えることができます。
こうした仏教が正当に理解されていない時代状況の中で、「真の仏弟子」としての歩みを止められなかった理由を、親鸞聖人は「弥陀大悲の誓願が回向されて、私白身に信としていたりとどいているからだ」と考えていらっしゃったのでしょう。人間自身の力では到底さとりになどいたることのできない「末法の世」でありながらも、それでも人間が真実に向かって生きていく道標として「弥陀の誓願」が説かれ、名号として回向されることで、末法における唯一の救いの道として浄土真宗の教えがある、と考えておられたのだとうかがえます。
ですから今回のご法語で説かれるように、「弥陀の誓願」として経典に説かれた仏の願いが、人間にとっての真実の道を示すものである、ということに目覚めさせていただいた人間は、寝ても覚めてもいつでも、そのことに気付かせてくださった阿弥陀さまの喚び声に耳を傾け続け、聞きつづけなければならないと、ご教示くださっていらっしやるのでしょう。ここに、親鸞聖人にとっての、弥陀の誓願に救われたことへの報恩行としての称名念仏の意味を、学ばせていただくことができるように感じます。

自灯明 法灯明

『長阿含経』の「遊行経」には、お釈迦さまが涅槃にいたるまでの様子が描かれています。八十歳になられたお釈迦さまは、弟子の阿難尊者を伴って旅を続けられる途中、病気にかかり自らの死が近いことを自覚されます。阿難尊者をはじめ多くのお弟子さまたちにとって、お釈迦さまこそが人生の灯火であり、依りどころとなっていました。そのお釈迦さまが亡くなったら、自分たちは何を頼りにして生きていけばいいのかと戸惑っているさなか、お釈迦さまは最後の教えとしてこの言葉を説かれます。

弟子だちよ、おまえたちは、おのおの、自らを灯火とし、自らをよりどころとせよ、他を頼りとしてはならない。この法を灯火とし、よりどころとせよ、他の教えをよりどころとしてはならない。 (仏教伝道協会編『和文仏教聖典』 一〇頁)

私たちは、何か絶対的に頼りにできるものがあればそこによりかかり、自分で物事の判断をすることなく生きてしまいがちです。しかし、お釈迦さまは「自らをよりどころとせよ、他を頼りとしてはならない」と説かれます。これは決して自分勝手に生きよということではありません。自らに届いた「法を灯火とし、よりどころとせよ」と説かれているのです。常にエゴイスティックな自分を反省し、真実の道を示す灯火として仏法を自らの生き方の中心において生きていきなさい、という教えなのでしょう。
まさに親鸞聖人にとってのお念仏も、この「法を灯火とし、よりどころ」とする生き方を、称名念仏として自らの口を通して出遇わせていただく弥陀の誓願に耳を傾けることで、自らの生き方全体を阿弥陀さまのはたらきの中にゆだねる行為として、考えていらっしゃったように感じられるのです。
末法の世に生きる私たちは、唯一、寝ても覚めても称える名号を、「一人で生きているのではない。すべてのいのちのつながりの中で生きていることを忘れるな」という阿弥陀さまの喚び声と聞かせ続けていただくことで、真実の道を歩むことができます。そこに、親鸞聖人が浄土真宗をお説きくださった尊さをひしひしと感じます。
(宇治和貴)

カテゴリー: 法語カレンダー解説 | 2017年10月 ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなうべし はコメントを受け付けていません。